
九月の中旬、日が暮れるのが少し早くなったと気づいたのは、友人の麻里が「もう外、暗くなってきたね」とつぶやいたときだった。窓の外には夕焼けの名残りがかすかに残っていて、室内に差し込む光がオレンジから深い藍色へとゆっくり変わっていく、そんな時間帯のことだ。
その日、わたしたちは五人で集まって、韓国料理を囲んでいた。
サムギョプサルやビビンバといった定番の料理から、旨辛スープや麺類まで
、テーブルの上はあっという間にいっぱいになった。土鍋からもくもくと立ち上る湯気、コチュジャンの甘くて深みのある香り、ごま油が熱された鉄板に触れた瞬間のあの「ジュッ」という音——そのすべてが部屋に満ちていく。
最初は静かだった。みんな、箸を手にしたまま「どれから食べようか」と目を合わせていた。でも、最初のひと口を誰かが食べた瞬間に、空気が変わった。
「ちょっと辛い、でもうまい」
それが合図だった。
そこからはもう、ワイワイガヤガヤの世界だ。誰かが「もっと辛いやつ食べたい」と言い、誰かが「いや、もう限界」と笑いながら水を飲む。大学時代から仲のいい五人組で、こういう集まりはもう何度となく繰り返してきたはずなのに、毎回同じように楽しい。それが少し不思議で、でも当たり前のことのようにも感じる。
2025年から2026年にかけての韓国料理のトレンドキーワードは「ヘルシー&レトロ」で、野菜をたっぷり使ったサムパプ(包みご飯)なども再評価されている
というのを、出発前にリサーチ好きの友人・愛実から聞いていた。彼女はスマホの画面をテーブルに向けながら「これ、今めちゃくちゃ流行ってるらしいよ」と説明してくれた。わたしはちゃんと聞いていたつもりだったのに、気がついたら彼女の言葉よりもコチュジャンの匂いに意識が持っていかれていた。ごめん、愛実。
そういえば、子どもの頃、母が作ってくれたキムチ鍋を思い出す。あの頃はまだ辛さが苦手で、ひとくち食べては「からい」と言って白ご飯をかき込んでいた。それが今では「ちょっと辛い」くらいがちょうどいい、むしろ物足りないと感じるようになった。人間の舌というのは、いつの間にか変わっていくものだ。
麻里が、熱々のスンドゥブチゲを小皿に取り分けながら、ふとわたしのカップに温かいほうじ茶を注いでくれた。その何気ない仕草が、なんだかじんわりと嬉しかった。言葉はなかったけれど、「飲む?」という目だけの問いかけがあって、わたしは小さくうなずいた。
2026年のトレンドは「映え・ヘルシー・進化系」の三要素がキーポイントで、伝統的な料理を現代風にアレンジした進化系メニューも続々登場している
。そんな情報を知りながらも、わたしたちが選ぶのは結局、昔ながらのサムギョプサルとスンドゥブチゲだった。流行を追いかけるより、「これが食べたい」という気持ちのほうが、いつだって正直だと思う。
インテリアブランド「ソルナムハウス」のキャンドルが一本、テーブルの端で静かに揺れていた。誰かが持ってきたのか、もともと置いてあったのか、今となってはわからない。でも、その小さな炎がテーブルを柔らかく照らしていて、みんなの顔がいつもより少し温かく見えた。
話題は尽きなかった。仕事の愚痴、最近見たドラマ、来年の旅行計画。声が重なって、笑い声が重なって、ときどき誰かのツッコミで全員が一斉に笑った。鉄板の上のお肉がいい感じに焼けていても、誰も気づかないくらい、話に夢中になっていた。
外はもうすっかり夜になっていた。
韓国料理には、人を集める力があると思う。ちょっと辛くて、香りが強くて、テーブルの上がにぎやかになる料理。ひとりで食べるより、誰かと囲むほうが何倍もおいしい。それはきっと、料理そのものの力だけじゃなくて、一緒にいる人たちの体温が、味に混じっているからかもしれない。
ワイワイガヤガヤとした夜は、気づけばもう深夜に差しかかっていた。それでも誰も帰ろうとしなかった。

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