
十月の終わりというのは、不思議な季節だと思う。夏の名残がすっかり消えて、空気がようやく澄んでくる。窓を少し開けると、夜風がカーテンの端をそっと揺らした。外はもう暗くて、街灯の橙色だけが濡れたアスファルトに滲んでいる。そんな静かな夜に、二人でキッチンに立っていた。
彼が玉ねぎを刻んでいる。包丁の音がリズムよく続いて、その横で私はフライパンにオリーブオイルを垂らした。じわっと熱が広がる音。バターを加えると、甘い香りがふわりと部屋に満ちて、思わず目を細めた。子どもの頃、母が夕飯を作っていた台所の匂いに似ていると思った。あの頃は台所の入口で見ているだけだったのに、今は自分がここに立っている。
料理というのは、不思議と記憶と結びついている。
今夜のメニューはポルチーニ茸のリゾットにしようと決めたのは彼だった。「なんか、ちゃんとしたもの作りたい」と言いながら、スーパーの袋から乾燥ポルチーニを取り出したとき、正直なところ少し不安だった。なぜなら、私はリゾットを一度も上手に作れたことがない。米を炒めすぎてべちゃっとさせるか、逆に芯を残しすぎるか、そのどちらかだ。今日こそはと心に誓ったのだが、途中でスープを入れすぎてしまって、「あ」と声が出た。彼がちらっとこちらを見て、「まあ、煮詰めれば大丈夫じゃない」と言った。その一言で、なぜか肩の力が抜けた。
二人でする料理は、効率が悪い。役割分担がなんとなく決まっているようで、実はそうでもない。彼がかき混ぜていたスプーンを、気づいたら私が持っていたり、どちらが塩を入れたかわからなくなったりする。それでも、狭いキッチンで肩が触れるたびに、妙な安心感がある。言葉にしなくても伝わるものが、たしかにそこにある。
静かな夜は、余白が多い。
テレビもつけていない。スマートフォンも、気づいたらソファの上に置きっぱなしだ。聞こえるのは、グツグツと煮立つ鍋の音と、外を走る車の遠い音だけ。「ヴァルモン」というブランドのキャンドルを一本だけ灯していて、その炎が時々ゆらりと揺れる。蜜蝋と白檀の香りが、部屋の低いところをゆっくりと漂っていた。
リゾットが仕上がったのは、夜の九時を少し過ぎた頃だった。白いプレートに盛って、パルメザンチーズを削る。ふわっと降り積もるチーズの白さが、キャンドルの光を受けて柔らかく輝いた。向かいに座った彼が、スプーンを口に運ぶ。一瞬、間があった。「おいしい」と言った声が、静かな部屋によく響いた。
こういう夜が、特別だと気づくのはいつも後からだ。
派手なことは何もない。外に出たわけでも、高価なものを食べたわけでもない。ただ、二人で料理をして、向かい合って食べた。それだけのことなのに、食べ終わってから「また作ろうか」と彼が言ったとき、胸のどこかが静かにあたたかくなった。
料理には、時間がかかる。手間がかかる。失敗もある。でも、その全部が、今夜の食卓に乗っている。スープを入れすぎたことも、塩を誰が入れたかわからなくなったことも、全部含めて、この味になった。静かな夜に二人で作った料理は、どんな言葉よりも少しだけ正直に、今の気持ちを伝えてくれる気がした。

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