
十月も終わりに近づくと、日が落ちるのがずいぶんと早くなる。夕方の五時を過ぎれば空はもう藍色に染まりはじめていて、窓の外から聞こえてくるのは風が枯れ葉を転がす、かさかさという乾いた音だけだ。そういう夜に、友人たちを招いてパーティーを開くのが、ここ数年の私の密かな楽しみになっている。
テーマはいつも、スパニッシュ料理とワイン。
なぜスペインなのかと聞かれると、少し答えに詰まる。強いて言えば、子どもの頃に家族で訪れた神戸の小さなバルで食べた、海老のアヒージョの記憶があるからかもしれない。土鍋のなかでぐつぐつと煮えたぎるオリーブオイル、にんにくの香りが鼻の奥まで届いたあの瞬間を、今でも妙にはっきりと覚えている。バゲットの切れ端を浸してひとくち食べたとき、隣に座っていた父が「これはワインが飲みたくなる」と言って笑った。あの言葉は、ちゃんと正しかった。
今年のパーティーは、アパートの一室をすこし大げさに飾り付けた。キャンドルをテーブルに三本並べ、架空のインテリアブランド「Tierra Lenta(ティエラ・レンタ)」風のアースカラーのリネンクロスを敷いて、小皿をいくつも重ねておく。スペインのバルのような、あの雑然としているのに居心地のいい空気感を、できるだけ再現したかった。
料理の準備は昼過ぎから始めた。まずキッチンに立ってオリーブオイルを熱し、みじん切りにしたにんにくを入れた瞬間、部屋全体が一気にスペインの色に染まる気がした。アヒージョには牡蠣とマッシュルームを選んだ。ぷりっとした牡蠣がオイルのなかでゆっくりと白くなっていくのを眺めながら、パプリカを刻んでいると、ふと気づけば手がオレンジ色に染まっていた。洗っても洗っても落ちなくて、友人たちが来る直前まで少し焦っていたのは、ここだけの話である。
スパニッシュ料理の魅力のひとつは、小皿料理であるタパスのスタイルにある。ひとつの大皿を囲むのではなく、色とりどりの小皿をテーブルに並べて、みんなで好きなものを少しずつ取り合う。その行為そのものが、会話のきっかけになる。「これ何が入ってるの?」「ちょっとこっちも食べてみて」——そういう声が重なりあって、パーティーの空気はほぐれていく。
ワインは二種類用意した。スペインのリオハ産の赤と、泡立ちの細かいカバ。最初にグラスに注いだカバの、シュワシュワという音が静かな部屋に広がったとき、友人のひとりが「あ、始まった」とつぶやいた。その言葉がなんだかとても好きで、今でも耳に残っている。
テーブルには、アヒージョのほかにピンチョス、ハモンセラーノ、色鮮やかなパプリカのマリネ、そしてパエリアを並べた。サフランで染まった黄金色のご飯の上に海老とムール貝が鮮やかに映えるパエリアは、テーブルに置いた瞬間に歓声が上がった。ワインとスパニッシュ料理の相性は、言葉で説明するより、実際に口に運んでもらったほうが早い。タパスの塩気がカバの泡をやさしく受け止め、アヒージョの深いコクがリオハの赤ワインと溶け合う。そのマリアージュは、計算ではなく、長い食文化の歴史が自然に導き出したものだと思う。
夜が深まるにつれ、キャンドルの炎は少し揺れ方が大きくなった。窓の外の風が強くなったのかもしれない。誰かが赤ワインをグラスに注ぎながら、「こういう夜って、なんで特別に感じるんだろうね」と言った。答えは出なかったけれど、それでよかった。
スパニッシュ料理でパーティーをするとき、私がいちばん大切にしているのは、完璧に仕上げようとしないことだ。小皿がすこし傾いていても、バゲットが切れ端になっても、ワインのラベルが読めなくても、そういう小さな不完全さのなかに、スペインのバルの空気は宿っている。料理は手段であり、テーブルを囲む時間そのものが、今夜のいちばんのごちそうなのだから。

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