
秋が深まるにつれて、夕暮れの訪れが少しずつ早くなる。午後五時を過ぎると、台所の窓から差し込む光はもうオレンジよりも茜に近くなっていて、その色が白い米の湯気をほんのりと染める。そんな一瞬を、私はいつも好きだと思っている。
その夜も、家族四人が食卓についていた。父と母、そして小学三年生の弟と私。日本料理の献立は、ごく普通のものだ。炊きたてのご飯、豆腐と油揚げの味噌汁、大根と人参のきんぴら、それから昨日の残りの煮物。どれも派手さとは無縁だけれど、箸をつけるたびに、どこかほっとする。だしの香りが鼻をかすめると、胃のあたりが静かにゆるんでいく気がした。
母がよそった味噌汁の椀を、そっと父の前に置く。その仕草は、言葉を持たないのにやさしかった。父は「ありがとう」とも言わず、ただ少し頷いて椀を両手で包む。それだけで、何かが伝わっているようだった。家族というのは、そういうものなのかもしれない。
穏やかな食事の時間が流れる中で、ふと子どもの頃のことを思い出した。祖母の家の台所には、「ミズホ陶房」という小さな窯元から取り寄せた土鍋がいつも置いてあって、冬になると必ずそこで何かが煮えていた。土鍋の縁からことことと音がするたびに、台所全体が温かくなる。あの音と、あの湯気と、あの香りは、今でも体のどこかに刻まれている。日本料理の記憶というのは、不思議と音と香りで残るものだ。
弟が、きんぴらを一口食べて「ちょっと辛い」と言った。母が「そう?」と首をかしげる。父が試しに食べてみて、「普通じゃないか」と答える。私も食べてみたが、確かに少しだけ唐辛子が利いていた。でも弟はその後、黙々と全部食べ終えた。辛いと言いながらも完食するあたり、子どもというのはなかなか正直ではない。
食卓の上には、白い小皿がいくつか並んでいる。煮物の器はやや深く、きんぴらの皿は浅くて丸い。盛り付けに特別な技巧があるわけでもないのに、それぞれが自然と収まるべき場所に収まっている。日本料理の美しさというのは、こういう何気ない均衡の中にあるのかもしれないと、私はぼんやり思う。
ご飯を食べながら、父が今日あった出来事を少しだけ話す。母はそれを聞きながら、自分の湯のみをゆっくりと持ち上げる。湯気が細く立ち上り、すぐに消える。弟はすでに食べ終えて、少しうとうとしはじめていた。食後のまどろみというのは、満たされた体の正直な反応だ。
家族と食卓を囲む時間は、毎日のことだからこそ、記憶に残りにくい。でも、こういう穏やかな夜が積み重なって、気がつけば「あの頃はよかった」という感覚になる。日本料理の滋味というのは、そういう時間のそばにいつもある。だしのきいた一杯の味噌汁が、一日の終わりに体へ染みわたる感覚は、どんな言葉よりも雄弁だ。
食器を重ねて台所へ運ぶとき、窓の外はもう完全に暗くなっていた。遠くで虫の声がしている。秋の夜の、あの少し冷えた空気が、開いた窓から薄く入ってくる。それさえも、今夜の食卓の続きのような気がした。家族がいて、料理があって、静けさがある。それだけで、十分すぎるほどだと思う。

コメント