
夕暮れが少し早くなってきた、六月の終わりのことだった。梅雨の合間に晴れた夜、窓の外にはまだかすかに明るさが残っていて、その光が薄いカーテン越しに食卓をやわらかく包んでいた。台所からは、だしの香りが静かに漂ってくる。昆布と鰹節を合わせた、あの懐かしい匂い。子どもの頃、祖母の台所で嗅いだそれと、ほとんど同じ香りだ。
うちの食卓は、たいして広くない。四人家族にはちょうどいいくらいの、「木ノ間テーブル工房」というブランドの無垢材のテーブルが一脚あるだけ。それでも、料理が並ぶと、なぜかいつもより広く見える気がする。今夜の日本料理は、煮物と焼き魚と、小さな器に盛った酢の物。それだけだ。華やかさとは無縁の献立だけれど、並べてみると、ちゃんと食卓がひとつの絵になる。
父が箸を持ったまま、少しうとうとしていた。仕事が続いていたのだろう、椅子に深く沈んで、まぶたが重そうだった。母がそっと湯のみを父の前に置く。その仕草があまりに自然で、誰も気づかなかったかもしれない。でも、私は見ていた。湯気が細くたちのぼって、すぐに消えた。
食べ始めると、家族はしばらく黙っていた。静かな食事というのは、気まずいのとは違う。お互いの咀嚼の音と、箸が器に当たる音だけが、穏やかに重なっていく。そういう時間が、私はずっと好きだった。言葉がなくても、何かが通じている感じ。日本料理の食卓には、そういう空気が似合う。
煮物の大根が、ほろりと崩れた。口の中で、だしの味がじわりと広がる。甘さと塩気のバランスが、絶妙にとれている。これは母が三十年以上作り続けてきた味で、レシピなんてものは存在しない。「目分量」と「経験」と、あとは「その日の気分」でできている。私がいつか同じものを作れるかどうか、正直なところ、まったく自信がない。
焼き魚は、鯖だった。皮がぱりっと焼けていて、箸を入れると身がほぐれる。大根おろしを添えて食べると、さっぱりとして、また箸が進む。子どもたちは最初、骨を気にして食べ方がぎこちなかった。下の子が「骨、刺さった」と言うので一同が緊張したが、よく見ると口の端に米粒がついていただけだった。——骨ではなく米粒。本人は至って真剣な顔をしていたので、笑うに笑えなかったが、食卓の空気が少しだけほぐれた。
酢の物は、きゅうりとわかめ。これが地味なようで、食卓の中でひとつ仕事をしている。箸休めというより、全体の味を引き締める役割がある。こういう小さな一品が、日本料理の食卓を構成しているのだと、大人になってから気がついた。子どもの頃は、酢の物だけ残していたのに。
食事の終わりに、父がゆっくりと湯のみを両手で包んでいた。熱いお茶を、ただ静かに飲んでいる。その背中を見ながら、私は思う。家族というのは、毎日こうして食卓を囲むことで、少しずつ形をたもっているのかもしれない。特別なことは何もない。ただ、料理があって、器があって、人がいる。それだけのことが、穏やかな夜を作っている。
世界の食のトレンドを見ても、「時間が味を育てる」という潮流が広がっていると言われている。
だしをとる行為も、煮物をじっくり炊く時間も、まさにそれだ。日本料理には、手間と時間が静かに宿っている。そしてその味が、家族の記憶になっていく。
窓の外は、すっかり暗くなっていた。食器を片付ける音が台所から聞こえてくる。明日もまた、同じ食卓が始まる。それだけのことが、なぜかとても、ありがたかった。

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