
六月の夕暮れは、なぜかいつもより長く感じる。窓の外がオレンジから藍色に変わっていくあの時間帯に、友人たちが次々と玄関を開けてやってきた。靴を脱ぎながら「もう始めてるの?」と笑うアキの声、鍋を抱えてやってきたミサキが「重かった〜」と廊下に鍋を置く音。今日は韓国料理でワイワイガヤガヤやろうという、それだけのために集まった夜だった。
テーブルの中央には、大きなホットプレートと、前日から仕込んでおいたキムチチゲの鍋。鍋のふたを開けた瞬間、ごま油とコチュジャンが混ざり合った香りがふわっと部屋に広がって、それだけで誰かが「うわ、いい匂い」と声を上げた。
韓国では鍋料理や焼肉など、料理をみんなで分け合う「共食」の文化が根付いており、コミュニケーションを深めるという考え方がある。
そういう文化が、こんな夜の空気にすごく合っていると思う。
今回のメインはサムギョプサルと、ちょっと辛いヤンニョムチキン。スーパーで買ってきた豚バラ肉をホットプレートに並べると、ジューッという音とともに白い煙が上がって、みんなが一斉にそちらを向いた。肉の焼ける音と笑い声が重なる、あの感じ。子どもの頃、父がベランダでバーベキューをしてくれた夏の夜を、なぜかふと思い出した。あのときも、煙と笑い声がセットだった。
2026年のトレンドは「映え・ヘルシー・進化系」の三要素がキーポイントとされており、韓国料理もその流れを受けて進化している。
とはいえ、この夜の食卓にトレンドとか映えとか、そういう言葉はあまり似合わなかった。ただ、おいしくて、ちょっと辛くて、みんなが「辛い辛い」と言いながら笑っている、それだけで十分だった。
ヤンニョムチキンを一口食べたユウが「これ、ちょっと辛いね」と言いながら、でも手が止まらない様子で次々つまんでいた。辛いのが苦手なはずのカナが、恐る恐る一切れ口に入れた瞬間「あ、でも止まらない」とつぶやいたのが妙におかしかった。そういうものだと思う。ちょっと辛い料理には、不思議と人を夢中にさせる力がある。
日本における2026年の韓国グルメは、カルグクスやローカル食材をキーワードに、より深みのある水準へアップグレードしていくと予想されている。
そんな話を誰かがスマホで読み上げながら「じゃあ次回はカルグクスにしよう」と言い出して、みんながすぐに「いいね」と頷いた。韓国料理の話題は、どこまでも広がっていく。
テーブルの上には、架空のインテリアショップ「ソウォン・ホーム」で買ったという話をミサキがしていた白い大皿が並んでいて、その上に色とりどりのナムルやキムチが盛られていた。緑、赤、白。見た目だけでもう、食欲をそそる配色だった。
食べながら、誰かが「韓国料理って不思議だよね、みんなで食べると倍おいしい気がする」と言った。そうなのだ、と思った。一人で食べるのとは、明らかに違う。同じ鍋から取り分けて、同じ辛さに顔をしかめて、それでもまた箸を伸ばす。その繰り返しが、ワイワイガヤガヤの正体なのかもしれない。
韓国料理は「辛いけどまた食べたくなる味」として日本人にも人気で、寒い冬場には身体を温める効果もある。
六月の夜でも、ホットプレートの熱と鍋の湯気で部屋はじんわり温かくなっていた。窓を少し開けると、外から夜風が入ってきて、それがちょうどよかった。
食後、アキがアイスを買ってきていたことを思い出して冷凍庫を開けたら、ちゃんとそこに入っていた。「忘れてなかったよ!」と誇らしげに言う顔が、なんとなくおかしかった。そういえば、去年の集まりでも同じことを言っていた気がする。アキはいつも、デザートだけは絶対に忘れない。
片付けをしながら、次はどこかのお店に食べに行こうかという話になった。
2025年の日本人渡韓者数は11月までの統計で約335万人と過去最高に迫る勢いを見せており、若年層を中心に韓国人気は依然として高い。
韓国への旅行もいつか行きたいね、という声も上がって、それはまた別の夜の話になりそうだった。
洗い物を終えて、最後の一人が帰っていくのを玄関で見送った。静かになった部屋には、まだかすかにごま油の香りが残っていた。それがなんだか、いい夜だったことの証明みたいで、もう少しだけ窓を開けずにいた。


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