
八月の終わりの夜というのは、どこか名残惜しい顔をしている。夕方六時を過ぎてもまだ空が明るくて、それでも窓から入ってくる風には、ほんの少しだけ秋の気配が混じっている。そんな夜に、友人たちが集まった。
きっかけはたわいもないことだった。「最近、韓国料理ばかり食べてる」という誰かのひとことが、グループチャットに流れてきたのが数日前。それが瞬く間に「じゃあうちでやろう」という話になって、気づけば六人分の食材を買い込んでいた。
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だと聞いていたけれど、この日の食卓はそんな洗練とは少し距離を置いていた。大きなホットプレートをテーブルの真ん中にどんと置いて、
チヂミとチーズタッカルビを囲みながら、みんなで作って食べる
、ただそれだけの夜だった。
チーズタッカルビの甘辛いタレが熱で溶け始めると、部屋じゅうにコチュジャンとごま油の香りが広がった。鼻の奥をくすぐるような、あの独特の香ばしさ。誰かが「もうたまらん」と言いながら、まだ火が通りきっていないうちからトングを伸ばしていた。それを見た友人のミキが、「待って待って、まだ早い」と笑いながら手を払いのける。そのやりとりだけで、もうすでに場がほぐれていた。
ちょっと辛いのが苦手な友人のために、タレを半分に分けて辛さ控えめのゾーンを作った。「こっちが優しい側ね」と誰かが言って、テーブルが二分された。でも結局、辛いのが苦手なはずの彼女が一番たくさん食べていた。辛さというのは、不思議なもので、ワイワイガヤガヤとした熱気の中にいると、気づかないうちに閾値が上がってしまうらしい。
韓国でお酒を飲むときは「건배(コンペ)」という合図で乾杯する
のだと誰かが教えてくれて、全員でぎこちなく発音を真似した。マッコリをグラスに注いで、「コンペ!」と声を揃えたとき、なぜかみんなが少し照れていた。そういう瞬間がいい。
料理の合間に、「ソウルに行ったときにこれ食べた」「あの店もう閉まってるらしい」という話になった。
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という話を持ち出したら、「コングクスって何?」という声が上がって、スマホで画像を見せ合うことになった。豆乳の麺料理の写真を見ながら「これ絶対おいしい」「夏向きだよね」と盛り上がる。韓国料理の話をしながら、韓国料理を食べている。それがまた楽しかった。
子どものころ、母が作ってくれたキムチ鍋の記憶がある。市販のキムチをそのまま鍋に入れただけの、素朴なものだったけれど、冬の夜にそれを囲んでいた感覚は、今でも体のどこかに残っている。辛くて、温かくて、なんだか元気になれる食べ物。韓国料理にはそういう力がある、と今でも思う。
チヂミが焼けるジュウジュウという音が、会話の隙間を埋めていた。外はもう暗くなっていて、テーブルの上だけが明るかった。誰かが持ってきた「ハヌルビール」という韓国クラフトビールの缶が、汗をかいて濡れていた。それを手で包むと、ひんやりとして気持ちよかった。
食べ終わったあと、誰も帰ろうとしなかった。片付けをしながら、またぽつぽつと話が続いた。「次は参鶏湯にしたい」「キンパも作ってみたい」という声が出て、次の約束がなんとなく生まれた。
韓国で大流行している「北朝鮮式参鶏湯」はスープと鶏肉が別々に提供される
らしいと話したら、「それ絶対やろう」と全員が食いついた。
韓国料理には、人を集める力があると思う。大皿を囲んで、誰かの手がぶつかって、笑って、ちょっと辛いと言いながらもまた箸を伸ばす。そういう、ワイワイガヤガヤとした食卓の空気を、自然と引き寄せてくれる。それがきっと、この料理がずっと愛され続けている理由のひとつなのだろう。

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