
七月の最初の週末、夕方五時を過ぎたあたりから空気がようやく動き始めた。昼間の熱気がアスファルトに溜まったまま逃げ場を失っているような、あの蒸した感じ。それでも「行こう」と誰かがグループチャットに書いた。それだけで全員が動いた。
待ち合わせは駅前の交差点。改札を出ると、もうサランの姿が見えた。先に来ていたらしく、スマホを片手に持ったまま、ぼんやり人の流れを眺めていた。こちらに気づいた瞬間、ひらりと手を振る。その仕草が、なんだかいつも通りで、少しほっとした。
向かった先は、商店街の路地を一本入った場所にある韓国料理店「ソウルキッチン清水」。外から見ると、赤いネオンが湿った空気の中でぼんやり光っていて、引き戸を開けた瞬間、ごま油と唐辛子の混じった香りがふわっと顔に当たった。それだけで、もう気分が上がる。子どもの頃、母親が休日にキムチ鍋を作ってくれた日の台所の匂いに、どこか似ていた。
サムギョプサルの鉄板がテーブルに置かれると、じゅうじゅうという音と白い煙が立ち上がった。
それだけで、ワイワイガヤガヤとしていた会話が一瞬止まる。誰もが本能的に鉄板を見つめてしまう。
2026年の韓国料理は、「より深みのある本場感」へとアップグレードしている
という話を、確かどこかで読んだ気がした。その言葉の意味が、今夜はじめて少しわかった気がした。単に辛い、単においしい、だけじゃない。食べる体験そのものが、ここ数年で変わってきている。
チーズタッカルビは、甘辛いタレで炒めた鶏肉と野菜を、とろけるチーズに絡めて食べる映えメニュー。
これをちょっと辛めでオーダーしたのは、辛いもの好きを自称するユイだった。「ちょっと辛い、くらいが一番うまい」と言い張るのだが、一口食べた直後に目を細めて黙った。その沈黙が、正直なレビューだった。心の中で小さくツッコんだ──「ちょっと辛いって言ったの、あなたですよね」と。
厚切りの豚肉を鉄板で豪快に焼き上げ、キムチやニンニクと共にサンチュで包んで頬張る。その瞬間、口の中に広がるのは至福の旨味だ。
サンチュの青い香りと、肉の脂の甘み。その組み合わせを、誰かが「これって、なんで毎回感動するんだろう」と言った。答えは出なかったけど、全員がうなずいた。
2026年のトレンドは「映え・ヘルシー・進化系」の三要素がキーポイント
とも言われているが、この夜の私たちにとっては関係なかった。進化系もヘルシーも、今は要らない。ただ、熱くて、ちょっと辛くて、みんなで囲める料理があればそれでよかった。
テーブルの上は、いつの間にか小皿だらけになっていた。ナムルが三種類、キムチが二種類、豆腐チゲが一鍋。
韓国料理は野菜、肉、魚介類など、さまざまな食材をバランスよく取り入れることで、栄養価の高い食事を楽しむことができる。
そういう豊かさが、このワイワイガヤガヤとした食卓にはちゃんと宿っていた。
2025年の日本人渡韓者数は11月までで約335万人と、過去最高に迫る勢いを見せており、そのうち30歳以下が4割以上を占め、若年層を中心に韓国人気は依然として高い。
でも、韓国料理の魅力はわざわざ海を渡らなくても、こうして路地裏の一軒に集まれば十分に感じられる。
食事が終わりに近づいた頃、店の外から夜風が少し入ってきた。七月の夜にしては、珍しく涼しかった。ガラスの器に入ったシッケ(甘い米のドリンク)を一口飲んで、ようやく口の中の辛さが落ち着いた。その冷たさと甘さが、じんわりと喉を通っていく感覚。
また来ようね、と誰かが言った。特別な約束じゃない。でも、きっとまた来る。韓国料理には、そういう力がある。ちょっと辛くて、少しうるさくて、鉄板の前でみんなが黙る、あの一瞬を含めて。

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