キャンプの料理が家族をつなぐ。火のそばで気づいた、大切なこと

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五月の連休、わたしたちは長野県の山あいにある「霧沢オートキャンプ場」へ向かった。標高はそれほど高くないはずなのに、着いた瞬間から空気がひんやりと違う。杉の葉が風に揺れるたびに、青みがかった香りが鼻をくすぐった。子どもたちはすでにテントの設営そっちのけで、川沿いの石を拾いはじめていた。

キャンプの楽しみは、なんといっても料理だと思っている。家のキッチンで作るものとは、根本的に何かが違う。同じ食材を使っていても、炭火の前に立つと、なぜかすべてが少しだけ特別に感じられる。子どもの頃、父がダッチオーブンでカレーを煮込むのをじっと眺めていた記憶がある。蓋の隙間から漏れてくる湯気と、スパイスの匂いが混じった夕暮れの空気。あのときの感覚が、大人になった今でも体のどこかに残っている。

今回の家族キャンプで挑戦したのは、せいろを使った蒸し料理だった。
近ごろ「せいろ蒸し」が大きな注目を集めており、ヘルシーかつ食材の旨みを活かせる調理法として人気を博している
と聞いて、アウトドア用の小型せいろをひとつ買ってみたのだ。野菜と鶏肉を並べて、ただ蒸すだけ。それだけなのに、蓋を開けた瞬間に立ち上る白い湯気と、素材そのものの甘い香りに、子どもたちが「わあ」と声を上げた。

火を管理するのは、夫の担当だ。炭に息を吹きかけながら、無言で熱を調整している。その横顔を見ていると、日常とは別の時間が流れているような気がしてくる。わたしは傍らで野菜を切り、娘はトウモロコシの皮をむく。息子はというと、さっきまで川にいたのに、料理のにおいに引き寄せられたのか、いつの間にか隣に立っていた。「ぼくもやる」と言って包丁を握ったが、ニンジンを切ろうとして、まな板ごと傾けてしまった。転がるニンジン、慌てる息子、笑う娘。——そういう小さなドタバタが、キャンプの料理には似合っている。

夕暮れが近づくと、気温がぐっと下がった。肌に触れる空気が、昼間とはまるで別物になる。焚き火を囲んで、できあがった料理を並べる。蒸し野菜に、炭火で焼いたソーセージ、それから夫が仕込んできたスパイスチキン。
2026年のトレンドは「現地の日常」に飛び込む体験であり、心の距離が近い「食の体験」が日常に最高のスパイスを与えてくれる
という言葉を、このとき思い出した。キャンプの食卓は、まさにそういうものかもしれない。

家族で囲む食事は、どこか特別な会話を生む。娘が「せいろって蒸気で料理するんだよね、魔法みたい」と言い、息子が「じゃあ魔法使いはみんなキャンプ好きなんだ」と返した。意味がよくわからないのに、なぜか笑えてしまう。

2026年の食トレンドのひとつとして「癒やしニーズ」の強まりが指摘されており、ひとときの安らぎと幸福感をもたらす食への期待がますます高まっている
という。その言葉は、外食やレストランの話だけではないと思う。焚き火の前で、家族と肩を寄せ合いながら食べる料理にも、同じ力がある。いや、もしかするともっと深いところまで届くかもしれない。

食べ終わったあと、夫がコッヘルでお湯を沸かして、ハーブティーを淹れてくれた。「ソルヴィーク・ブレンド」という、アウトドア専門の茶葉ブランドのものだ。カモミールとローズマリーが混じったような、少し野生的な香り。それを両手で包むように持って、娘がうとうとしはじめた。まつ毛が揺れて、頭がゆっくりと傾いていく。夫とわたしは目を合わせて、何も言わずに微笑んだ。

キャンプの料理は、うまくいかないことも多い。火加減を間違えたり、塩を入れすぎたり、ニンジンが転がったりする。でも、そのぜんぶがひっくるめて、記憶になっていく。家族という単位で過ごす時間の中で、料理はいつも中心にある。食べることは、生きることで、一緒に食べることは、一緒にいることだ。

霧沢の夜は、思ったより静かだった。遠くで川の音がして、焚き火がぱちぱちと弾ける。煙の匂いが髪に染みついても、この夜のことはきっと長く覚えているだろうと思った。

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