
梅雨の晴れ間だった。六月のその夜、窓の外はまだ少し湿っていて、アスファルトが街灯を鈍く反射していた。部屋の中には、にんにくをオリーブオイルで炒めはじめたときの、あの焦げる一歩手前の香りが漂っていた。
二人でする料理は、不思議と会話が少ない。でも、それが心地よかった。彼女がまな板の上でブロッコリーを小分けにしながら、ふと「これ、今年から指定野菜になったんだって」と言った。どういう意味かはよくわからなかったけれど、なんとなく頷いた。そういう、意味のよくわからない豆知識を共有できる関係が、静かな夜には似合う。
フライパンの油が跳ねる音。トントンという包丁の音。冷蔵庫が低くうなる音。それだけが部屋に満ちていた。テレビはつけていない。スマートフォンも、どこかに置いてきた気がする。
今年は、
和の要素を取り入れた折衷料理や、日本の伝統的な味を深化させた「和味」の世界が広がっている
という話を、以前どこかで読んだ。だからというわけでもないが、その夜の献立は、だし巻き卵と、米粉を使った薄衣のフライ、それに季節の野菜を蒸したものだった。凝っているわけじゃない。ただ、
蒸すことで余分な脂が落ち、食材の旨みを活かせる調理法
が、最近の自分たちの定番になっていた。
彼が卵を溶きながら、「昔、祖母の家でだし巻き食べるとき、必ずお盆の上に乗せて出てきた」と話した。理由はわからないけれど、お盆に乗っているだけで、なんとなく特別に見えた、と。そういう記憶が、料理には宿っている。食べることは、どこかで誰かの手の温度を思い出すことでもある。
蒸し器から湯気が立ちのぼった。白くて、ゆっくりと広がっていく湯気。それを眺めながら、彼女がグラスに飲み物を注いだ。架空のブランド名を冠した、「ニルヴァナ・ボタニカル」という名のノンアルコールのスパークリングドリンクで、ハーブと柑橘の香りがほんのりする。最近よく飲んでいる。
ストレス緩和や睡眠の質を向上させるドリンク類が人気で、各社は生活習慣に組み込みやすくするため飲用シーンの定着化を図っている
という流れとは、たぶん関係ない。ただ、夜に飲むと、少しだけ肩の力が抜ける気がするのだ。
料理が並んだテーブルは、決して華やかではなかった。白い皿に、緑と黄色と茶色。シンプルで、地味で、でも、なぜかきれいだった。
食べながら、ほとんど話さなかった。それでも、箸を置いたタイミングが同じだったり、同じものをもう一口食べたくて手が重なったりした。そういう偶然の一致が、静かな夜の食卓には何度も起きる。
途中、彼がだし巻き卵を取り分けようとして、少し崩してしまった。「あ」と小さく言って、崩れたまま皿に乗せた。それを見て、彼女が「形より味でしょ」と言ったのか、黙っていたのか、もう覚えていない。でも、その「あ」という声が、なんとも愛らしかった。
食のトレンドの根底には「原点回帰」と「ストーリーを感じられる新しい体験」がある
という。二人でする料理もそれに近いかもしれない。外食でも、映えるメニューでもなく、ただ自分たちの手で作って、向かい合って食べる。それだけのことが、どうしてこんなに満ち足りた気持ちにさせるのだろう。
食後、彼女がソファに沈んで目を細めた。眠いのか、ただ満足しているのか、境界線がどこにあるのかわからない表情だった。窓の外では、また雨が降りはじめていた。梅雨の夜の雨は、音が柔らかい。屋根を叩く音ではなく、地面にしみ込んでいくような、静かな音。
二人でする料理は、完成したときよりも、作っている途中の方が好きかもしれない。香りが変わっていく瞬間、火の強さを調整する指先、「これどう思う?」と差し出されたスプーン。そういう細かいやりとりの積み重ねが、静かな夜をつくっている。
特別なことは何もなかった。でも、その夜のことは、たぶんずっと覚えているだろうと思う。

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