
十月の夜は、思っていたより早く冷える。
窓の外にはまだ夕焼けの名残があって、空がオレンジから藍色へとゆっくり溶けていく時間帯のことだった。「今日、みんなで韓国料理にしない?」という、誰かのグループチャットのひと言から、すべては始まった。
集まったのは六人。駅前の雑居ビル三階にある「ハンウル食堂」——架空の名前みたいだけれど本当に実在する、いや、私たちだけが知っているような、そんな気がしてしまう小さなお店だ。引き戸を開けた瞬間、コチュジャンと胡麻油が混ざり合った香りがふわりと顔を包む。鼻の奥が、あ、来た、と反応する。
サムギョプサルは、厚切りの豚バラ肉を鉄板で香ばしく焼き上げ、サンチュやエゴマの葉などの野菜で包んで食べるスタイルで、友人同士でワイワイ楽しむのにぴったり
だと、誰かが言っていた。まさにその通りで、鉄板の上で肉がジュウジュウと音を立て始めると、テーブルを囲む空気ごと変わる。誰かが箸を伸ばし、誰かがキムチを皿に取り分け、誰かがまだメニューを眺めている。ワイワイガヤガヤとした声が、お店の小さな空間いっぱいに広がっていった。
私がこういう場に来るたびに思い出すのは、小学生のころに母が作ってくれたキムチ鍋のことだ。当時はちょっと辛いだけで大げさに水を飲んで、母に笑われていた。あのころの自分には想像もできなかったけれど、今では「もう少し辛くしてほしい」と注文するようになった。人の舌というのは、静かに、でも確実に変わっていく。
サムギョプサルは2026年の韓国グルメ人気ランキングで堂々の一位
で、それも納得だと思う。焼けた肉の端がほんのり焦げて、脂がじゅわっと滲み出る瞬間——あれはどう言葉にしても足りない。向かいに座った友人の麻衣が、サンチュで包んだそれをひと口で頬張って、目を細めた。その仕草がなんとも幸せそうで、思わず笑ってしまった。
途中、チーズタッカルビも頼んだ。
チーズタッカルビのビヨ〜ンと伸びるチーズ、真っ赤に煮え立つチゲ鍋は、食欲を刺激してやまない
。ちょっと辛い、というレベルをゆうに超えた赤さだったが、チーズがそれをやわらかく包んでくれる。辛さとまろやかさが交互に来て、箸が止まらない。
ここで正直に言うと、私はこの日、うっかりコチュジャンをつけすぎた。「ちょっと辛い」どころではない量を肉に塗ってしまい、ひと口食べた瞬間に目に涙が浮かんだ。隣に座っていた健太がそれを見て「大丈夫?」と聞いてくれたのだが、私は「辛いのが好きなんだよ」と強がりながら、こっそり水を三杯飲んだ。誰にも気づかれていないと思っていたが、後でしっかりバレていた。
2026年のトレンドとして「進化系カルグクス」も注目されている
。この夜、〆に頼んだカルグクスは、やわらかい手打ち麺がスープにしっかりなじんでいて、あれだけ食べた後なのに、不思議とするすると入ってしまった。鍋の底に残ったスープをレンゲで救い上げながら、誰からともなく「また来ようね」という言葉が出た。
窓の外はすっかり夜になっていた。帰り道、六人で並んで歩きながら、誰かが「韓国料理ってなんでこんなに楽しいんだろうね」と言った。答えは出なかったけれど、それでよかったと思う。ワイワイガヤガヤと笑いながら食べる時間そのものが、答えみたいなものだから。韓国料理の魅力は、味だけじゃない。あの熱と、あの音と、あの夜の空気ごと、丸ごと好きになってしまうのだ。

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