
七月の夜は、どこかねっとりと空気が重い。窓を開けても風はほとんど動かず、部屋の中に漂うのは、ごま油とコチュジャンが混ざり合ったあの独特の香り。そう、今夜は韓国料理の夜だ。
友人たちが集まりだしたのは、午後六時を少し過ぎた頃だった。「遅れてごめん」と言いながら汗だくで飛び込んできた麻衣が、ドアを開けた瞬間、「うわ、いい匂い」と呟いた。その一言で、場の空気がふっとほぐれた。テーブルの上にはすでに、サムギョプサルの豚バラ肉と、真っ赤なキムチ、それから自家製のサムジャンが並んでいる。鉄板の上でじわじわと脂が滲み出し、パチパチと小さな音を立てていた。
豚バラ肉を鉄板でジュージュー焼き、焼けたらサンチュに包んで食べるスタイル
は、何度やっても飽きない。外はカリッと、中はジューシー。ニンニクとサムジャンをちょっと乗せて、ぱくりとひとくち。そのたびに誰かが「うまい」と言い、誰かが笑う。
ワイワイガヤガヤとした声が部屋に満ちていく。友人の一人、拓也がビールをつごうとして、グラスを傾けすぎて泡だらけにしてしまった。「あ、やばい」と言いながら慌てて口をつけるその姿に、全員が笑い崩れた。泡は床には落ちなかったので、よかったといえばよかったのだが、彼の白いシャツの袖は少しだけ湿っていた。
2026年のトレンドは「映え・ヘルシー・進化系」の三要素がキーポイント
だと、最近よく目にする。でも今夜の食卓に「映え」を意識している人間はひとりもいない。スマホを取り出す間もなく、みんな手が動いている。それでいい、と思う。韓国料理には、そういう引力がある。
チーズタッカルビを追加で作ることにした。甘辛いコチュジャンベースのタレで炒めた鶏肉に、とろけるチーズを絡める。
ホットプレートいっぱいに広がるチーズがビヨ~ンと伸びる様子は写真映え間違いなし
とよく言われるけれど、実際のところ、そのビヨーンをスマホで撮るより、口に入れてしまうほうが断然早い。甘辛ダレのパンチと、マイルドなチーズのコクが一体になって、箸が止まらなくなる。
ちょっと辛い、というのが絶妙なのだ。激辛ではなく、じわじわと舌の奥に広がる辛さ。汗が首筋をつたい、それでも「もう一口」と手が伸びる。子どもの頃、母が作ってくれたキムチ鍋を思い出す。あの頃は辛くて泣きそうになりながら食べていたのに、今はその辛さが懐かしい。人の味覚というのは、不思議なものだ。
韓国料理のトレンドはありとあらゆる角度から新しいものが飛び出して、一瞬の盛り上がりを見せたかと思えば、すぐ次に移ってしまう
という話を、以前読んだことがある。確かに、SNSを開けば毎週のように新しいメニューが登場する。でも、友人たちと囲むサムギョプサルの鉄板は、何年経っても変わらない。流行は移ろっても、この食卓の景色だけは揺るがない気がした。
韓国料理の根底には常に「薬食同源」という思想が息づいている。食べることは、命を養うこと
だという。野菜をたっぷり使い、発酵食品を巧みに取り入れた料理は、美味しいだけでなく、身体を内側から整えてくれる。テーブルの上には今夜も、キムチ、ナムル、サンチュが色鮮やかに並んでいる。
食事が落ち着いてきた頃、誰かが「〆はどうする?」と言い出した。冷麺という声と、チャーハンという声が重なる。結局、架空のドリンクブランド「ソウルグリーン」のマッコリ風炭酸を片手に、全員で少しずつ両方を分け合うことになった。冷麺のつるりとした喉越しと、キムチチャーハンの香ばしさが、夜の締めくくりにちょうど合っていた。
窓の外では、夏の夜がまだ続いていた。蝉の声がかすかに聞こえ、誰かが「また来週もやろう」と言った。返事は言葉ではなく、グラスを持ち上げる仕草だった。韓国料理は、いつもそうやって、次の約束を連れてくる。

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