友人たちとワイワイガヤガヤ囲む、韓国料理の夜が忘れられない件について

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十月の夜は、思ったよりも早く暗くなる。

窓の外の街灯がぼんやりオレンジに灯りはじめた頃、友人たちが次々とマンションの一室に集まってきた。誰かが玄関を開けるたびに、外の冷えた空気がふわりと室内に入り込んでくる。それでも部屋の中はすでにあたたかかった。コンロの火が入っていたし、何より人が増えるたびに笑い声が重なっていったから。

その日のテーマは、韓国料理だった。

韓国グルメの代名詞とも言えるサムギョプサル
を筆頭に、チーズタッカルビ、スンドゥブチゲ。食材は前日から準備してあった。実は準備の段階でちょっとした失敗があって、キムチを冷蔵庫に入れ忘れて一晩常温に置いてしまったのだが、翌朝確認したら「なんかむしろ発酵が進んで美味しくなってる気がする」という謎の幸運に恵まれた。結果オーライとはこのことだ。

鉄板に豚バラ肉を並べると、ジュワッという音がすぐに部屋中に広がった。脂が弾ける音。それに混じってにんにくの焦げる香ばしさ。誰かが「あーもうこの匂いだけでご飯いける」と言って、全員が深くうなずいた。
サムギョプサルのジュワッという音、チーズタッカルビのビヨ〜ンと伸びるチーズ、真っ赤に煮え立つチゲ鍋
——韓国料理の醍醐味って、視覚と聴覚と嗅覚を全部同時に刺激してくるところにある。

ワイワイガヤガヤと声が飛び交う中、友人のひとりが「最近ナッコプセって知ってる?」と話し出した。
ナッコプセは今後も人気が継続し、全国の韓国料理店へ広がっていくと見られている
らしく、彼女はすでに近所の専門店で試してきたという。タコとホルモンとエビが一緒に辛いスープで煮込まれる鍋料理で、聞いているだけで口の中に唾液が溜まってくる。「次回はそれにしよう」という声が上がり、まだ今夜が終わってもいないのに次の約束が決まった。

ちょっと辛いものが得意な人間と苦手な人間が混在しているのが、この集まりのいつものバランスだ。辛さを求める側は「もっと唐辛子を」と主張し、苦手な側は「頼むから加減して」と懇願する。その攻防がまた楽しくて、毎回テーブルの上には辛さ調整用のコチュジャンと、逃げ場としての豆腐が共存している。今夜のスンドゥブチゲも、
柔らかい純豆腐をアサリなどの海鮮出汁で煮込んだ
もので、辛さはちょっと辛いくらいに調整してある。このちょっと辛い、というさじ加減が実はいちばん難しい。

食べながら、ふと思い出したことがある。子どもの頃、近所に「ソウル食堂」という小さな韓国料理屋があった。店名はそのままで、看板の文字がいつも少し傾いていた。母に連れられて入ったとき、初めてキムチを口にして「辛い!」と泣きそうになった記憶がある。あの頃は辛さが怖かった。今は辛さを求めてここにいる。人間というのは変わるものだ、とチゲを一口すすりながら思った。

2025年から2026年にかけての韓国グルメのトレンドキーワードは「ヘルシー&レトロ」
だというが、この部屋の空気はそのどちらとも少し違う。ヘルシーでも、レトロでもなく、ただ「一緒に食べる」という原始的な喜びだけがある。サンチュに肉を包んで、ごまだれをちょんとつけて、口に押し込む。そのシンプルな動作の繰り返しが、なぜこんなに幸せなのか。

架空のインテリアブランド「ソワレハウス」のキャンドルが一本、テーブルの端で揺れていた。誰かが雰囲気を出そうと持ってきたものだが、気づいたら料理の湯気にかき消されて、ほとんど存在感がなくなっていた。それでも誰もそれを消そうとしなかった。

夜が深まるにつれ、声のトーンが少し落ちてくる。お腹が満たされると、人はやさしくなる。友人のひとりが、温かいお茶を注いだカップをそっとこちらに差し出してきた。言葉はなかったけれど、その仕草だけで十分だった。

韓国料理には、人を集める力がある。辛さと旨味と香りが混ざり合った空間は、どこか非日常で、それでいて妙に落ち着く。また来月も、きっと誰かが「集まろう」と言うだろう。そしてまた鉄板が熱くなって、ワイワイガヤガヤと声が重なって、誰かが辛さに顔を赤くして笑う夜が来る。それが、今からもう楽しみでしかない。

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