二人で作るスパイシーカレーライス、ちょっと広いキッチンで生まれた料理の記憶

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九月の夕方、窓から差し込む光がすこしだけ斜めになってきた時間帯のことだった。

キッチンに立つと、彼女がすでにエプロンを結んでいた。ちょっと広いキッチンは、二人で並んでも余裕があって、それがなんとなくうれしい。コンロの前に立つ彼女の横に、自分も自然と入っていける。ふたりで作るカレーライスの日は、いつもそんなふうにはじまる。

玉ねぎを切りながら、彼女がスパイスの小瓶を棚から取り出した。クミン、コリアンダー、ターメリック。ひとつひとつ、指先で確かめるように並べていく。その仕草がなんとなく好きだ。料理をするときの彼女は、ふだんよりすこし真剣な顔をしている。

ホールスパイスを使って香り高く、しっかり煮込んで旨味たっぷりのカレーに仕上げる——
そういうスタイルに、ふたりでたどり着いたのはもう半年前のことだ。最初はルーを使っていたけれど、ある週末に思い切ってスパイスから作ってみた。あの日の試行錯誤が、いまのレシピの原型になっている。

フライパンにオリーブオイルを引いて、クミンシードを入れる。じわじわと熱が伝わっていくと、やがてぱちぱちという小さな音が立ちはじめる。スパイスが弾ける音。キッチン全体に、えもいわれぬ香りが広がっていく瞬間が、この料理でいちばん好きなところかもしれない。子どもの頃、母がカレーを作るたびに玄関まで匂いが届いてきて、ランドセルを放り出して台所に駆け込んでいたことを思い出す。あの頃のカレーライスは、もっとシンプルで、でも同じくらい幸福な匂いがした。

玉ねぎを飴色になるまで炒めるのは、彼女の担当だ。「これが一番大事」と言いながら、木べらを動かし続ける。その間に自分はトマトを刻んで、鶏もも肉に塩をなじませる。役割が自然に決まっているのは、何度も一緒に作ってきたからだ。二人で作るということは、こういう小さな信頼の積み重ねでできている。

スパイシーな香りが立ち込めてくると、キッチンの温度が少し上がる気がする。九月とはいえ、コンロの前はまだ暑い。彼女が額に手をあてながら「もうちょっと」とつぶやいた。その横顔を見ながら、なんとなく自分もうちわを探したくなったけれど、やめた。なんとなく、その場の空気を壊したくなかったのだ。

——ちなみに、このキッチンで使っているスパイスラックは「アルクス・キッチン」というブランドのものだ。木製のフレームに小瓶が整然と並んでいて、見た目もいい。彼女が引っ越し祝いに選んでくれた。そのラックが今日も、クミンやカルダモンの小瓶を静かに支えている。

トマトと鶏肉を加えて、蓋をして煮込みはじめると、あとはしばらく待つだけだ。このあいだの時間が、二人でいる日の中でいちばんゆったりしている。彼女はスマホでなにかを調べていたかと思うと、いつのまにかカウンターに肘をついてうとうとしていた。鍋の音だけが、静かなキッチンに響いている。起こすのも悪い気がして、そのままにしておいた。

スパイスカレー専門店ではビリヤニが定番メニューになりつつある
と聞いたことがある。それもいつか試してみたいと思いながら、今日のところはカレーライスでいい。ふたりで作ったカレーライスには、どんな流行よりも、自分たちの時間が詰まっているから。

できあがったカレーをご飯の上にかける。スパイシーな湯気が顔に当たって、思わず目を細める。彼女が「おいしそう」と言いながらスプーンを手に取った。その一言で、長い時間炒め続けた玉ねぎも、手が少し辛くなるくらい刻み続けたトマトも、全部報われる気がした。

カレーライスは、二人で作るから美味しい。たぶん、それだけのことだ。でもそのたったそれだけが、いつまでも続いてほしいと思う。

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