二人で作るスパイシーなカレーライス——ちょっと広いキッチンで、距離が縮まる料理の時間

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キッチンに立つとき、いつもより少しだけ背筋が伸びる気がする。それは彼女がそこにいるからだと思う。

うちのキッチンは、一人暮らしにしては広すぎるくらいの作りになっていて、シンクとコンロの間に妙な余白がある。引っ越したばかりのころは持て余していたその空間が、今日は二人分の体温でちょうどよく埋まっていた。土曜日の午後、外はうっすら曇っていて、窓から差し込む光が白くやわらかく、影をほとんど作らない。そういう日の台所は、なんだか時間の流れがゆっくりになる。

今日作るのはカレーライスだ。スパイシーなやつ。

彼女が「本格的にやろう」と言い出して、近所のスパイス専門店「アロマ・ヴェーダ」で小瓶をいくつか買ってきた。クミン、コリアンダー、カルダモン、それからターメリック。棚に並んだ小瓶たちは、蓋を開けるたびに異国の匂いをそっと放つ。カルダモンの香りを嗅いだとき、なぜか小学生のころに祖母の家で嗅いだ線香の記憶がよみがえった。全然違うものなのに、脳というのは不思議な接続をする。

玉ねぎを切るのは私の担当になった。理由は単純で、彼女が泣きたくないからだという。そのまっすぐな主張に反論する気にはなれなかった。まな板の上で玉ねぎを半分にすると、断面から水分がにじんで、ツンとした刺激が鼻の奥を刺す。目が痛い。でも泣かない。それだけが今日の小さなプライドだった。

彼女はその間、鍋でスパイスを炒めている。フライパンではなく鍋で、というのも彼女のこだわりらしい。乾煎りしたクミンシードがじわじわと香ばしさを増していく音——パチ、パチ、という小さな弾ける音が、静かなキッチンによく響く。その音を聞きながら玉ねぎを刻んでいると、なんだか儀式みたいだと思った。二人で作るカレーライスが、ただの食事じゃなくて、もう少し別の何かになっていく感じ。

鶏肉を加えるタイミングで、彼女が「これ持って」と木べらを差し出してきた。渡すというより、そっと手のひらに乗せる感じで。その仕草がなんでもなさすぎて、逆に少し胸に残った。

炒めながら、スパイスが油に溶けて色が変わっていく。ターメリックの黄色が全体に広がって、鍋の中がぐっと鮮やかになる。トマトを加えると酸味の香りが立ち上って、それまでのスパイスの香りと混ざり合う。この瞬間がいちばん好きかもしれない。まだ完成していないのに、もうおいしい予感だけが部屋に充満している状態。

煮込みに入ってからは、少し手持ちぶさたになる。

彼女はキッチンの端に腰を預けて、スマホで何かを調べていた。たぶんカレーの仕上げに関することだと思う。でも途中から画面を見る目がゆっくりになって、うとうとし始めていた。立ったまま、少しだけ。それに気づいて声をかけようとしたら、すぐに「見てたよ」と言われた。見てなかったと思う。でも笑ってしまったので、それ以上は言わなかった。

煮込んでいる間、鍋のふちからぽこぽこと泡が上がってくる。カレーの香りが部屋全体に広がって、もうキッチンの外まで届いている気がする。温度が上がるにつれて、空気がすこし重くなる感じ。それが心地よい。

仕上げにガラムマサラを一振りして、蓋をする。あとは待つだけ。

二人で作るカレーライスというのは、効率が悪い。一人でやれば半分の時間で終わる。でも効率じゃないんだと、今日みたいな午後にはよくわかる。玉ねぎを切りながら泣きそうになること、木べらを手渡されること、立ったまま眠りかけている人に気づくこと。そういう細かいことが全部、記憶になっていく。

ご飯が炊き上がって、皿にカレーをかけた瞬間、スパイシーな湯気がふわっと顔に当たった。熱くて、少しだけ目を細めた。彼女も同じように目を細めていて、それを見て、今日もいい日だと思った。

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