
梅雨の晴れ間というのは、なんとも気まぐれだ。六月の午後二時すぎ、雲のあいだから差し込む光がキッチンの白いタイルをやわらかく照らしていた。窓を少し開けると、湿った外気とともに、どこかの庭の緑の匂いが入ってくる。今日は彼女と、二人でカレーライスを作ることにした。
うちのキッチンは、二人が並んでも余裕があるくらい広い。以前、インテリアにこだわる彼女が「ヴェルデ・コジーナ」というブランドのキッチン収納棚を選んだとき、「ちょっと広すぎない?」と思ったのだけれど、今日みたいな日には、この広さがありがたい。二人でまな板を並べて、それぞれの担当を決める。彼女がにんじんとじゃがいもを切り、ぼくが玉ねぎを担当することになった。
玉ねぎを剥いた瞬間、目にツンとくる。涙をこらえながら包丁を入れていると、彼女がちらりとこちらを見て、「泣いてる?」と言って笑った。違う、と言いたかったけれど、目は完全に潤んでいた。これが今日の、唯一の小さな敗北である。
フライパンに油を引いて、玉ねぎを炒め始める。じわじわと透き通っていく様子を眺めながら、ぼくは子どもの頃のことを思い出していた。母が作るカレーは、いつも玉ねぎをとことん炒めたあめ色のものだった。時間がかかるから嫌いだったのに、今になってその手間の意味がわかる。甘みとコクは、急いでは出てこない。
カレーの香りをもっと楽しみたいなら、コリアンダーパウダーを加えると爽やかに、クミンパウダーを加えるとエスニック感のある仕上がりになる。
それを知ってから、うちのカレーにはスパイスをひとつ足すのが習慣になった。今日は彼女の希望で、クミンとチリペッパーをひとつまみ。スパイシーな仕上がりを目指す。
鍋に具材を移して水を加えると、ふつふつと沸き始める音がキッチン全体に広がる。その音は、なんとなく安心する。煮込んでいる間、彼女はカウンターに肘をついて、スマホで何かを調べていた。その横顔を、湯気のむこうにぼんやり見ながら、こういう時間がいちばん好きだと思う。特別なことは何もない。ただ、同じ空間にいて、同じものを作っている。それだけなのに、妙に満ち足りた気持ちになる。
ルーを溶かすと、一気に香りが変わる。スパイシーな匂いが鼻をつき、胃がぐっと反応する。カレーライスというのは不思議な料理で、匂いだけでもう、食べた気になりそうになる。彼女が鍋をのぞき込んで、「いい色」とつぶやいた。確かに、深みのあるこっくりとした茶色が、ゆっくりと鍋の中で揺れている。
ホールスパイスを使うと香り高く、しっかり煮込むことで旨味たっぷりの仕上がりになる。
二人で作るカレーライスは、それだけで少し本格的になる気がした。一人で作るときは適当に済ませてしまうことも、誰かと一緒だと丁寧にやりたくなる。これは料理の、おもしろいところだ。
盛り付けは彼女がやった。ごはんをよそって、カレーをかけて、パセリをひとつまみ。「どうぞ」と差し出す手つきが、なんだか少し誇らしそうで、それがかわいかった。
スプーンを入れると、とろりとしたルーが広がる。ひと口食べると、まずスパイシーな刺激が来て、そのあとから玉ねぎの甘みがじんわりと追いかけてくる。美味しい、とぼくが言うと、彼女も「うん、美味しい」と言って、少し照れたように下を向いた。
節約志向が強まる中でも、食卓においてヴィーガンや健康志向の野菜カレーなど、素材やメニューの多様化が進んでいる。
そんな時代の流れとは少し距離を置いて、今日のぼくたちはシンプルに、ポークカレーライスを選んだ。物価が上がっても、手間をかけて二人で作るカレーには、それだけの価値がある。
窓の外で、また雲が動いて、光が揺れた。キッチンに漂うスパイシーな余韻の中で、午後はゆっくりと続いていく。

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