家族キャンプで作る料理が、こんなにも特別な理由

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夜明け前から準備していたテントの中で目が覚めると、外からじわりと光が染み込んでくるのがわかった。七月の早朝、標高八百メートルほどの「碧ノ原キャンプ場」は、平地とは別世界の涼しさで、寝袋から腕を出した瞬間に空気が肌をなでた。その冷たさが、なんとも気持ちよかった。

家族でキャンプに来るようになったのは、もう四年前のことだ。最初は夫が「一度くらいやってみよう」と言い出して、ほとんど勢いだけで出発した。子どもたちは当時まだ小さく、長女は虫を怖がって泣き、次男はテントのペグを踏み抜いて転んだ。あの頃の混乱が、今となっては笑い話になっている。

キャンプの朝に欠かせないのが、料理だ。

家では毎朝、慌ただしくトーストを焼いて終わりにしてしまう。でもここでは違う。鉄製のダッチオーブンを火にかけて、じっくりとベーコンを焼く。脂が溶けていく音が、ぱちぱちと小さく弾けて、煙が朝霧に混じっていく。香ばしい匂いが漂ってくると、テントの中でまだ眠そうにしていた子どもたちが、何も言わなくてもごそごそと起き出してくる。食べ物の香りというのは、どんな声かけよりも正直で強い。

今年のキャンプで試してみたのは、最近SNSでも話題になっている「ダッチオーブン蒸し料理」だ。蒸すことで食材の旨みが凝縮され、野外でも栄養をしっかり摂れるという。じゃがいも、ソーセージ、ブロッコリーを重ねて蓋をして、炭火にのせるだけ。難しいことは何もないのに、出来上がりは驚くほど豊かな味がした。長女が「お店みたい」と言ったとき、少しだけ得意な気持ちになったのは正直なところだ。

料理をしながら、子どもの頃の記憶がふと戻ってくることがある。父が庭でバーベキューをするとき、炭に火をつけるのをいつも手伝っていた。うちわで扇ぐたびに目が痛くて、それでも離れたくなかった。あの火の前に立つ感覚が、今もどこかに残っている。キャンプの炎を見ていると、あの頃の空気がよみがえってくるような気がする。

昼は家族それぞれが食べたいものをリクエストする時間にしている。今回、次男が「辛いやつ」と言い張って、スパイスをたっぷり使ったチキンカレーを作ることになった。シビ辛ブームの波は、どうやらこの家族にも届いているらしい。ところが、いざ食べてみると次男だけが「辛すぎる」と言ってご飯だけ食べていた。あれほど辛くしろと言っていたのに、と心の中でそっとツッコんだが、口には出さなかった。

夕方になると、光の色が変わる。木々の間からオレンジ色の光が差し込んで、地面に長い影が伸びる。その時間帯の静けさが、私はいちばん好きだ。夫がコーヒーを淹れて、無言でカップを差し出してくれる。受け取るとき、その温かさが手のひらにじんわりと伝わってきた。言葉はなかったけれど、それで十分だった。

家族でキャンプをして料理を作るということは、単に食事を用意することとは少し違う。火を起こして、食材を切って、煙の中で待つ。その時間そのものが、家族の間に何かを積み重ねていく。日常では埋もれてしまうような小さなやりとりが、ここでは鮮明に見えてくる。

帰り道、後部座席で子どもたちは二人とも眠っていた。窓の外に山の稜線が見えて、空はまだ少しだけ明るかった。来年もここに来ようと、声に出さずに思っていた。

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