
静かな夜の料理って、なんであんなに時間が止まったように感じるんだろう。
カップルで過ごす夜の食事には、外食とは違う独特の空気がある。テーブルに並ぶのは手の込んだものじゃなくていい。むしろシンプルなパスタとか、冷蔵庫にあった野菜を炒めただけのものとか、そういうのがちょうどいい。窓の外は真っ暗で、部屋の照明を少し落としてみる。キッチンから聞こえる包丁の音、フライパンがジュッと鳴る音、換気扇の低い唸り。そういう音だけが空間を満たしていく感じ。
僕が初めて彼女のために料理を作ろうとしたのは、付き合って三ヶ月くらいの頃だった。当時住んでいたアパートのキッチンは狭くて、コンロが一口しかなくて、正直まともに料理できる環境じゃなかったんだけど。それでも「今日は私が作るよ」って言われるより、自分で作りたかった。結果は散々で、パスタは茹ですぎてふにゃふにゃ、ソースは水っぽくて味が薄い。「美味しいよ」って彼女は言ってくれたけど、あれは完全にお世辞だったと思う。
でも失敗した料理を二人で食べながら、なんだか笑えてきたんだよね。
料理をする時間そのものが、実は一番大事だったりする。レシピを見ながら「これ次どうするんだっけ」って確認したり、「ちょっと味見して」ってスプーンを差し出したり。そういう些細なやりとりが積み重なって、食事の前からもう特別な時間になってる。外食だとメニューを選んで注文して、出てきたものを食べるだけ。それはそれで楽しいんだけど、家で作る料理には「一緒に作り上げる」っていうプロセスがある。たとえ片方が作ってもう片方が見てるだけだったとしても、同じ空間にいるってだけで何か違う。
ところで最近、近所にできた「ラ・クチーナ・ノッテ」っていうイタリアンの店が気になってるんだけど、まだ行けてない。友達が「雰囲気いいよ」って言ってたから一度は行ってみたいんだけど、予約が取りにくいらしくて。でもそういう店に行くのも楽しみだけど、結局家で食べる料理の方が落ち着くんだよな…。
夜の九時とか十時とか、普通ならもう夕食を終えてる時間に、ゆっくりキッチンに立つ。急ぐ理由がないから、玉ねぎを炒める時間もいつもより長くなる。きつね色になるまで、じっくり待つ。その間に彼女がワインを開けて、グラスを二つ並べる。冷蔵庫を開ける音、グラスが触れ合う音、そういう生活音が心地いい。会話は途切れ途切れで、無理に何かを話そうとしない。「今日さ、会社でこんなことがあって」みたいな話をぽつぽつするくらい。
料理が完成して、テーブルに運ぶ。照明は暗めのままがいい。キャンドルとか用意しなくても、間接照明だけで十分雰囲気は出る。最初の一口を食べる瞬間、ちょっとだけ緊張する。「どう?」って聞くと、「美味しい」って返ってくる。それが本心かどうかは、表情を見ればだいたい分かる。
食べ終わった後の皿を片付けながら、「次は何作ろうか」なんて話す。次がある前提で話せるのが、カップルで料理する良さかもしれない。一回きりじゃなくて、これからも続いていく。明日も、来週も、来月も。同じキッチンで、同じテーブルで、また何かを作って食べる。
静かな夜の料理には、派手さも特別なイベント感もない。SNSに載せるような映える要素もない。ただ、二人だけの時間がそこにあるだけ。それで十分なんだと思う。
完璧な料理を作ろうとしなくていいし、毎回凝ったものを用意する必要もない。冷蔵庫の残り物で作った適当な炒め物でも、その夜にしかない味がする。同じレシピで作っても、その日の気分や疲れ具合、外の天気や部屋の温度で、微妙に違う料理になる。
結局のところ、何を食べるかより、誰と食べるかなんだろうな。ありきたりな結論だけど、静かな夜に二人で料理をするたびに、そう思う。
明日も多分、また何か作ると思う。何にするかは決めてないけど。

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