
八月の午後三時すぎ、西日がキッチンの窓から斜めに差し込んでいた。白いタイルの上に光の帯が落ちて、まるで誰かが定規で引いたみたいにまっすぐだった。冷房をつけているのに、コンロの前だけはじんわりと熱い。それでも、彼女と二人で作るカレーライスの日は、なぜかいつも特別な気持ちになる。
玉ねぎを切り始めたのは彼女だった。まな板の上で、包丁がリズムよく動く。とん、とん、とん、という音が、ほかの音を全部消してしまうくらい静かなキッチンに響いていた。ちょっと広めのこのキッチンは、二人が並んでも窮屈じゃない。それが気に入っている。冷蔵庫の横には、先月ふたりで選んだ「アルヴェン」というスカンジナビア系のインテリアブランドのウッドラックが置いてあって、スパイスの小瓶が整然と並んでいる。クミン、コリアンダー、ターメリック、カルダモン。瓶のラベルを読むたびに、どこか遠い国の台所を想像してしまう。
ホールスパイスを使って香り高く仕上げるのが、最近のスパイシーカレーのトレンドだ。
今日もそのやり方で挑む。フライパンにオリーブオイルを熱して、クミンシードを入れた瞬間、ぱちぱちという小さな音とともに、むせるほど豊かな香りがキッチン全体に広がった。思わず目を細めてしまうくらいの、力強い香り。彼女が「いい匂い」とつぶやきながら、玉ねぎを鍋に移してくれた。そのとき、木べらを渡してくれる彼女の指先がほんの少し触れた。それだけのことなのに、なんとなく嬉しくなる。
子どものころ、母が作るカレーライスはいつも市販のルーだった。日曜日の夕方、家中にカレーの香りが漂い始めると、それだけで「今日はいい日だ」と思えた。あのころは、スパイスなんて言葉を知らなかった。ただ、あの茶色くてとろりとしたカレーが、世界でいちばんおいしいものだと信じていた。今こうして自分でスパイスを調合しながらカレーライスを作っていると、あの記憶がふっと浮かんでくる。進化したのか、変わってしまったのか、よくわからない。
玉ねぎは弱火でじっくり、きつね色になるまで炒めるのが肝心だ。
彼女がへらで丁寧にかき混ぜながら、「もうちょっとかな」と言う。その横で、わたしはトマトを角切りにしていた。包丁を持ちながらちらりと鍋を覗くと、玉ねぎが飴色になりかけていて、甘い匂いがスパイスの香りと混ざり合っていた。この瞬間が好きだ。何かが変わっていく、その途中の匂い。
鶏肉を加えたあと、ヨーグルトをもみ込んでおいたのが功を奏したのか、肉がやわらかくほぐれていく。
カレー粉とヨーグルトをもみ込むと、鶏むね肉が柔らかジューシーに仕上がる。
彼女がそのレシピを見つけてきたのだ。「試してみようよ」と言われたとき、正直半信半疑だったけれど、今日の鍋の中を見れば、彼女の判断が正しかったとわかる。
煮込んでいる間、ふたりでキッチンカウンターに寄りかかって話した。とりとめのない話。今週あったこと、来月どこかへ行きたいこと。窓の外では蝉がまだ鳴いていて、夏がまだ終わらないことを主張していた。そういえば、わたしがスパイスの小瓶を棚から取り出そうとして、カルダモンの瓶をうっかり落としてしまい、床に転がった瓶を二人で同時にしゃがんで拾おうとして、頭がごつんとぶつかった。「いたっ」と声をそろえて、それからなぜか笑ってしまった。カレーライスを二人で作ると、こういうことが起きる。
仕上げに、
チーズのとろみとまろやかさがスパイシーなカレーと相性抜群だ
と聞いて、少しだけ粉チーズを加えてみた。スプーンで味見をすると、スパイスの奥に丸みが生まれていた。辛さの中に、やさしさがある。なんだか、このキッチンの時間みたいだと思った。
白いごはんを盛って、カレーライスをかける。ふたり分の皿を並べたとき、窓からの光がちょうどそこに落ちてきた。きれいだった。写真を撮ろうとしたけれど、彼女がもうスプーンを手にしていて、結局撮れなかった。まあ、いい。この景色は、ここにしかない。

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