
四月の朝は、まだ少し冷たい。標高のある山間のキャンプ場「ひのきの森オートキャンプ場」に着いたのは、前夜のことだった。テントを張り終えたとき、子どもたちはすでに眠そうに目をこすっていて、妻は焚き火台のそばでうとうとしながらも、こちらにホットコーヒーのカップをそっと差し出してくれた。その仕草が、なんとなく忘れられない。
翌朝、目が覚めると林の中に白い霧が漂っていた。テントの布越しに差し込む朝の光は、まだ弱くて柔らかい。外に出ると、足元の芝草がしっとりと濡れていて、踏むたびに冷たさが靴底から伝わってくる。焚き火に火をつけると、乾いた薪が弾けるパチパチという音が静かな森に響いた。煙の匂いが風に乗って鼻をかすめる。これがキャンプの朝だ、と毎回思う。
家族でキャンプに来るたびに、料理の時間が一番好きだと気づく。家のキッチンでは感じられない何かがある。スーパーで買ってきた豚バラ肉と、地元産の春キャベツ、そして少し奮発して持参したブロッコリー。
2026年から半世紀ぶりに「指定野菜」として認定されたブロッコリーは、今や家庭料理の頼もしい定番になりつつある。
キャンプ飯にも、こういう旬の野菜をひとつ加えるだけで、なんだか気分が上がる。
鉄のスキレットに油を引いて、豚肉を並べる。ジュッという音とともに、肉の脂が溶けてフライパンの縁で小さく踊る。子どもたちはそれをのぞき込みながら「もう食べていい?」と聞いてくる。毎回同じセリフ。まだだよ、と言うと、二人して木の棒でぐるぐると土を掘り始めた。それはそれで何の意味があるのか、と心の中で軽くつっこんでしまった。
料理をしながら、ふと子どもの頃のことを思い出す。父と二人で行ったキャンプで、アルミ鍋でカレーを作ったこと。火加減がわからなくて焦がしてしまって、父が「これはこれでうまい」と言いながら笑っていた。あの焦げた匂いと、夕暮れの橙色の空が、なぜか今でも鮮明に残っている。料理というのは、味だけじゃなくて、そのときの光や空気ごと記憶に刻まれるものらしい。
2026年の食トレンドとして「癒やしニーズ」や「自分ファースト」が注目されているが、
キャンプの料理はその真逆にあるかもしれない。誰かのために火を起こして、誰かのために切って、誰かのために盛り付ける。それがこんなに充実した気持ちになるのは、なぜだろう。
昼過ぎになると、子どもたちと一緒に「かさまし飯」に挑戦した。
「かさまし料理」は、豆腐やもやしなどの食材を組み合わせて量と満足感を増やす調理法として、最近注目を集めている。
キャンプでも荷物を減らしたいから、少ない食材でボリュームを出せるこのアイデアはありがたい。こんにゃくをひと口大に切って、豚肉と一緒に炒め、醤油とみりんで仕上げる。シンプルなのに、外で食べるとなぜか格別においしく感じる。
夕方、日が傾いて木々の影が長くなるころ、家族四人でテーブルを囲んだ。焚き火の炎が揺れていて、その橙色の光が子どもたちの顔を柔らかく照らしていた。長女がスキレットからブロッコリーをひとつつまみ、「これ、家で食べるより好きかも」とぽつりと言った。その一言が、今日いちばんうれしかった。
家族でキャンプに来るのは、年に一度か二度のことだ。準備は大変だし、帰ってからの洗い物も多い。でも、こういう瞬間のために来ているのだと思う。外で作る料理は、手間がかかる分だけ、食べるときの喜びが大きい。それは、どんな流行のグルメにも替えられない、家族だけの味だ。
煙の残る焚き火のそばで、妻がぬるくなったコーヒーをすすりながら「来年もここに来ようね」と言った。子どもたちはもう寝袋に入って、星を見ながらうとうとしていた。四月の夜は、やっぱり少し冷たい。でも、その冷たさが心地よかった。

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