彼女とカレーを作ったら、スパイスの量で小一時間揉めた話

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彼女が「今日カレー作ろう」って言い出したのは、確か土曜の昼過ぎだった。

僕の部屋のキッチンは、一人暮らしにしてはまあまあ広い。前の住人が料理好きだったらしくて、ガスコンロが三口ある。普段は右端しか使ってないんだけど。彼女はそのキッチンを見るなり「ちゃんとしたカレー作れるじゃん」とか言って、スマホでレシピを検索し始めた。ちゃんとしたカレー、って何だよ。僕が普段作ってるのはルーを溶かしただけのやつだけど、それだって立派なカレーだと思うんだけどな…。

「スパイスから作るやつにしよう」

彼女がそう言った瞬間、僕の中で何かが囁いた。これ、絶対めんどくさいやつだ。案の定、近所のスーパーに行ったら、クミンだのコリアンダーだのターメリックだの、聞いたこともないスパイスを次々カゴに入れていく。「これ全部使うの?」って聞いたら、「当たり前じゃん、本格的にやるんだから」って言われた。レジで2,800円くらいかかって、僕は心の中で市販のルーなら5箱買えるなって計算してた。

キッチンに戻ってから、彼女は玉ねぎを4個も刻み始めた。僕はトマトを切る係。包丁を入れた瞬間、トマトの青臭い匂いとまな板に当たるコツコツした音が妙にリアルで、ああ、これが料理なんだなって思った。普段は冷凍食品ばっかりだから。彼女の方を見ると、涙目になりながら玉ねぎと格闘してる。「大丈夫?」って聞いたら、「全然平気」って強がってたけど、明らかに泣いてた。

玉ねぎを炒める段階で最初の問題が起きた。

「もっと強火で」「いや、焦げるって」「焦げないから」「焦げるって!」

結局、中火と強火の中間くらいの火加減で妥協した。玉ねぎがきつね色になるまで炒めるって、レシピには「15分」って書いてあったけど、実際は30分以上かかった気がする。その間、僕たちは交代で木べらを握りながら、大学時代の話とか、最近見たNetflixのドラマの話とかしてた。彼女が「あのドラマの主人公、あんたに似てる」って言うから、「どこが?」って聞いたら、「優柔不断なところ」だって。ひどい。

そういえば、高校生の頃、家庭科の調理実習でカレーを作ったことがある。あの時は班のメンバー全員が適当すぎて、ルーを入れるタイミングを間違えて、ドロドロのペースト状になった。先生に「これは…カレーというより、カレー味の何か、ね」って言われたのを今でも覚えてる。あれ以来、僕の中でカレーは「失敗しない料理」っていうイメージだったんだけど、今日のこれは明らかに難易度が違う。

スパイスを入れる段階で、二人の意見が完全に割れた。彼女は「辛い方が美味しい」派で、僕は「辛すぎると味がわからなくなる」派。レシピにはチリパウダーが小さじ1って書いてあるのに、彼女は小さじ2入れようとする。「待って待って、まず規定量でいこうよ」って止めたら、「料理は感覚が大事なの」って言われた。感覚って何だよ。結局、小さじ1.5で妥協した。妥協ばっかりだな、今日。

鍋の中でスパイスが油と混ざり合う瞬間、キッチン全体が急にインド料理屋みたいな匂いになった。あの、ちょっと刺激的で、でも食欲をそそる独特の香り。窓を開けてないと息苦しいくらい濃厚な匂い。彼女が「いい匂い!」って興奮してたから、まあ、これで正解なんだろう。

鶏肉を入れて、トマトを入れて、水を入れて。煮込んでる間、僕たちはキッチンの床に座り込んで、鍋をぼんやり眺めてた。たまに木べらで混ぜる以外、やることがない。彼女のスマホから流れてくるプレイリストは、なぜかシティポップばっかり。「煮込み料理には80年代の音楽が合う」んだって。そういうもんなのか。

30分くらい煮込んだところで味見をした。

「…辛い」「でしょ?」「いや、辛すぎる」「ちょうどいいじゃん」「いや、これ絶対辛いって」

水を足すか、ヨーグルトを入れるか、それとも砂糖で誤魔化すか。僕たちは真剣に議論した。最終的にヨーグルトを大さじ3入れたら、少しマイルドになった。まだ辛いけど。

ご飯を炊いて、皿に盛り付けて、ようやく完成。時計を見たら、もう夕方の6時を回ってた。4時間近くかかってる。市販のルーなら30分で作れるのに。

一口食べた。確かに、美味しい。市販のカレーとは全然違う、複雑な味。スパイスひとつひとつの風味が口の中で主張してくる感じ。辛いけど、旨い。彼女が「ね、言ったでしょ」って得意げに笑ってる。

「次はもうちょっと辛さ控えめでいい?」って言ったら、「次はもっとスパイシーにしよう」だって。

多分、次も揉めるんだろうな。

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