
彼女が「今日はカレー作ろう」って言い出したのは、たしか金曜の夜だった。
うちのキッチンは賃貸にしては広めで、二人で並んで立っても肩がぶつからないくらいのスペースがある。まあそれでもぶつかるんだけど。彼女は料理が好きで、私はどちらかというと食べる専門だったんだけど、最近は一緒に作ることが増えてきた。包丁の使い方とか火加減とか、最初は全然わからなくて玉ねぎ切るだけで30分かかったりしてたな…。
「スパイスから作ろうよ」って彼女が言うから、まあいいかと思って近所のスーパーに一緒に買い出しに行った。クミン、コリアンダー、ターメリック、カルダモン。聞いたことあるようなないような名前のスパイスを次々とカゴに入れていく彼女を見ながら、私は「市販のルーでよくない?」って内心思ってたけど口には出さなかった。出したら怒られるのわかってるから。
キッチンに戻って、彼女が「じゃあ玉ねぎみじん切りにして」って指示を出してくる。私が玉ねぎと格闘してる横で、彼女はトマトを湯むきしたり、にんにくと生姜をすりおろしたりしてる。窓から差し込む夕方の光が、まな板の上で跳ねてキラキラしてて、なんかいい感じだった。涙でよく見えなかったけど。玉ねぎのせいで。
そういえば前に一人暮らししてた頃、カレーって言ったら「ククレカレー」の中辛を鍋いっぱい作って三日間食べ続けるみたいな生活してたんだよね。あれはあれで幸せだったけど、今考えるとだいぶ味気ない食生活だったかもしれない。
「次、スパイス炒めるから火加減見てて」って言われて、フライパンに油を引く。クミンシードを入れた瞬間、パチパチって音がして独特の香りがキッチン中に広がった。この匂い、なんて表現したらいいのかわからないけど、エスニックな感じ。カレー屋さんの前を通った時の、あの食欲をそそられる香り。
彼女が次々とスパイスを投入していく。「これくらいでいいかな」って言いながら、小さじで測ってるんだけど、明らかに目分量。途中でレシピ見るのやめてるし。「ちょっと辛くしたいから唐辛子多めに入れよう」とか言い出して、私が「ちょっと待って」って止める間もなくドサッと入れた。
あ、これやばいやつだ。
玉ねぎが飴色になるまで炒めるって、実際やってみるとめちゃくちゃ時間かかるんだよね。レシピには「中火で10分」とか書いてあるけど、全然飴色にならなくて。彼女と交代で木べらを握りながら、「まだかな」「もうちょっとかな」って言い合ってた。その間、私たちはどうでもいい話をしてた。会社の愚痴とか、見たいドラマの話とか。
トマトとスパイスが混ざって、そこに鶏肉を入れて、水を加えて煮込む。蓋をして弱火でコトコト。この待ってる時間が意外と好きだったりする。やることないから二人でテーブルに座って、缶ビール開けて、鍋から漂ってくる匂いを嗅ぎながらぼーっとする時間。
30分くらい煮込んだところで味見。彼女が小皿に取って、私に「はい」って差し出してくれた。
辛い。
めちゃくちゃ辛い。唐辛子入れすぎたやつだ、これ。舌がピリピリして、額に汗が滲んでくる。「どう?」って聞かれて、「…スパイシーだね」って答えるのが精一杯だった。彼女も味見して「あ、やっちゃったかも」って笑ってる。
でもまあ、そのまま食べた。ご飯にかけて、福神漬けを添えて。水を何杯もおかわりしながら。辛すぎて味がよくわからないけど、確かにスパイスの複雑な香りは感じられる。市販のルーとは全然違う、なんというか、奥行きのある辛さ。
「次はもうちょっと唐辛子減らそうね」って彼女が言って、私は「うん」って答えた。口の中まだ痛いけど。
結局、このカレーは翌日のほうが美味しかった。一晩寝かせたら辛さが少し落ち着いて、スパイスの味がちゃんとわかるようになってた。朝ごはんに食べたんだけど、なんか妙に贅沢な気分だったな。
次の週末も、たぶんまた一緒に何か作ると思う。今度は何を作ろうか、まだ決めてないけど。

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