
静かな夜に二人で料理を作るって、実はけっこう難しい。
レシピ本を広げて、材料を並べて、さあ始めようとした瞬間に気づくんだよね。キッチンが狭いって。うちの場合、冷蔵庫を開けたら流し台の前に立てないし、コンロの前に二人並ぶと肩がぶつかる。それでも無理やり二人で立つから、玉ねぎを切ってる横でフライパンを振られて、危うく包丁を落としそうになったこともある。「ちょっと待って」「あ、ごめん」って言い合いながら、ぎこちなく体をずらす。その瞬間の、ちょっと笑っちゃう感じ。
前に付き合ってた人と一度だけ、本格的なパスタを作ろうとしたことがあった。カルボナーラ。あれって火加減を間違えると卵が固まっちゃうんだよね。案の定、スクランブルエッグみたいになって、二人で顔を見合わせて黙り込んだ。結局そのあとコンビニに買いに行ったんだけど、今思えばあの沈黙も悪くなかったかもしれない。
夜の八時過ぎ、外はもう真っ暗で、窓に映る自分たちの姿がぼんやり見える。エアコンの音だけが低く響いてる部屋で、包丁がまな板を叩く音が妙に大きく聞こえる。トントン、トントンって。その音に合わせるように、相手が鼻歌を歌い始めたりする。知らない曲だったりするんだけど、聞かない。聞いたら止まっちゃうから。
料理って、別に上手じゃなくてもいいと思うんだよね。というか、うまくいかないほうが記憶に残る。この前なんて、味噌汁に砂糖を入れちゃって、一口飲んだ瞬間に二人で吹き出した。「これ、お汁粉?」って言われて、確かにって思った。砂糖と塩を間違えるなんて、漫画みたいな失敗するんだなって。
静かな夜だからこそ、音が際立つ。野菜を洗う水の音、油がはねる音、冷蔵庫を開け閉めする音。会話がなくても、その音だけで何かが進んでいく感じがする。「醤油どこ?」「そこ」「あ、あった」みたいな短い言葉だけで十分で、むしろそれ以上喋るとうるさい気がする。
テレビもつけない。音楽もかけない。スマホも見ない。ただ二人で、目の前の食材と向き合う。人参の皮をむきながら、これって何人前作ればいいんだっけって考える。二人分のはずなのに、いつも微妙に多く作っちゃう。次の日の昼ごはんになるんだけど。
ニトリで買った安い鍋から湯気が上がって、窓が曇っていく。その曇りに指で落書きしたくなる衝動を抑えながら、アクを取る。丁寧に、ゆっくりと。急ぐ理由なんてどこにもないから。
出来上がった料理を小さなテーブルに並べる。品数は多くない。メインが一品と、サラダと、汁物。それだけ。でも二人で食べるには十分すぎるくらい。「いただきます」を言うタイミングが微妙にずれて、どっちかが小さく笑う。
味は正直、そんなに美味しくないこともある。塩が足りなかったり、火が通りすぎてたり。でも「次はもうちょっと◯◯したほうがいいね」って言い合えるのが、なんかいい。完璧じゃないから、次がある。
食べ終わったあとの洗い物も、なぜか嫌じゃない。一人が洗って、一人が拭く。その流れ作業みたいなリズムが心地よくて、わざとゆっくりやったりする。早く終わらせたくない気持ち、わかる?
窓の外では誰かの生活音が聞こえる。車のエンジン音、遠くで吠える犬の声、風に揺れる木の葉の音。
静かな夜の料理は、完成度じゃなくて、その時間そのものなんだと思う。レシピ通りに作れなくても、焦げても、味が薄くても。二人でキッチンに立って、同じ鍋を覗き込んで、同じ匂いを嗅いで。それだけで十分というか…まあ、そういうこと。


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