家族キャンプの料理で一番大事なのは、たぶん火加減じゃない

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家族でキャンプに行くと決まって、私は前日の夜に冷蔵庫の前で立ち尽くすことになる。

何を持っていけばいいのか、何が作れるのか、そもそも現地で火がちゃんとつくのか。考え始めると不安しかない。料理なんて普段から得意じゃないのに、キャンプ場という不慣れな環境で家族全員の胃袋を満たさなきゃいけないプレッシャーときたら、もう前夜祭どころの騒ぎじゃなくなる。でも不思議なもので、実際に現地で火を起こして、煙の匂いを嗅いで、子どもたちが「お腹空いた」って騒ぎ始めると、妙にスイッチが入るんだよね。

初めて家族でキャンプをしたのは三年前の秋。長男が小学校に上がる前で、次男はまだ幼稚園に通ってた頃だ。張り切ってバーベキューセットを買い込んで、肉も野菜も大量に用意した。ところがいざ炭に火をつけようとしたら、これが全然つかない。着火剤を山盛り使って、うちわで必死に仰いで、汗だくになりながら格闘すること四十分。ようやく火がついた頃には、子どもたちは飽きてテントの中でゲームを始めていた。妻は呆れた顔で缶ビールを開けていたし、私の心は既に折れかけていた。でもその時、長男が「パパすごい、火の魔法使いみたい」って言ってくれて、なんとか立ち直れた。子どもの言葉って、時々妙に的確に急所を突いてくる。

キャンプ料理で一番難しいのは、レシピでも食材の選び方でもなくて、たぶん「完璧を目指さないこと」なんだと思う。

家だったら焦げたら作り直せばいいし、味が薄ければ調味料を足せばいい。冷蔵庫には予備の食材があるし、最悪コンビニに走ればなんとかなる。でもキャンプ場ではそうはいかない。持ってきた食材が全てで、失敗したらそれで終わり。だからこそ、最初から「まあ、なんとかなるか」っていう気持ちで臨んだ方が、結果的にうまくいく気がしている。去年の夏、私は調子に乗ってダッチオーブンでローストチキンに挑戦した。アウトドア雑誌で見たレシピを完璧に再現しようと、温度計まで持ち込んで、炭の配置にもこだわった。結果はどうだったかというと、外側は真っ黒、中はまだ生焼け。家族全員で「これ、食べられる…よね?」って顔を見合わせる羽目になった。

そういえば、あの時次男が「パパのチキン、恐竜の化石みたい」って言ったんだっけ。

結局その日の夕食は、近くのキャンプ用品店「マウンテンベース」で買った冷凍ピザと、持ってきていたレトルトカレーで乗り切った。でも不思議なことに、その食事が家族の中で一番盛り上がった。失敗したチキンをみんなでつついて笑って、「次はカレーをチキンにかけて食べよう」とか訳のわからない提案が飛び出して、テントの中は笑い声で溢れていた。あれ以来、私はキャンプ料理に対する考え方が変わった気がする。

今では、凝った料理よりもシンプルなものを選ぶようになった。ソーセージを焼いて、野菜を切って、ホイル焼きにする。ご飯は飯盒で炊くけど、多少焦げても「おこげだよ」って言えば子どもたちは喜んで食べる。朝はホットサンドメーカーで食パンにハムとチーズを挟むだけ。でもそれが、家で食べるどんな朝食よりも美味しく感じる。たぶん、外で食べるっていうシチュエーションと、家族全員が同じ空間にいるっていう状況が、味を何倍にも増幅させているんだろうね。

妻はよく「キャンプの時のあなた、普段と違う」って言う。何が違うのか聞いても、うまく説明してくれないんだけど。

料理をしている時の私の横顔が、普段より楽しそうに見えるらしい。確かに、キッチンで料理している時は「早く終わらせなきゃ」っていう義務感が先に立つけど、キャンプ場では時間の流れ方が違う。煙が目に染みても、火加減が難しくても、それすら含めて楽しんでいる自分がいる。子どもたちが火の周りをうろうろして危なっかしいのも、妻が「もっと野菜も食べなさい」って小言を言うのも、全部ひっくるめて心地いい。

最近気づいたんだけど、家族キャンプの料理って、美味しいものを作ることが目的じゃないのかもしれない。一緒に準備して、一緒に火を囲んで、一緒に食べる。その過程そのものが、実は一番大事なんじゃないかって。だから失敗しても、焦げても、味が微妙でも、それはそれでいい思い出になる。完璧な料理よりも、不完全だけど笑い合える時間の方が、ずっと価値がある…気がする。

次のキャンプでは何を作ろうか。また冷蔵庫の前で悩むんだろうけど、今度はもう少し肩の力を抜いて考えてみようと思う。

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