
最近、夜の9時過ぎに台所に立つことが増えた。
別に凝った料理を作るわけじゃない。パスタを茹でて、冷蔵庫にあるベーコンと玉ねぎを炒めて、適当にソースを絡める。それだけなんだけど、隣でワインのコルクを抜く音が聞こえると、なんだか少し背筋が伸びる感じがする。普段は仕事帰りにコンビニで買った弁当を黙々と食べるだけの日々だから、こういう時間がやけに新鮮に感じられるんだろう。窓の外は真っ暗で、街灯の光だけがぼんやりと差し込んでくる。エアコンの音さえ消して、換気扇の低い唸りだけが部屋を満たしている夜。
カップルで料理をするっていうと、なんとなくおしゃれなイメージがあるかもしれない。でも実際は、包丁の使い方で喧嘩しかけたり、塩を入れすぎて顔を見合わせたり、そんな些細なやり取りの連続だ。私の場合、相手が「ちょっと味見して」って差し出すスプーンを受け取る瞬間が妙に好きで、あの熱さと期待と不安が混ざった表情を見るたびに、ああこの人と一緒にいるんだなって実感する。言葉にするとちょっと気恥ずかしいけど。
前に一度、深夜2時に突然「オムライス食べたい」って言われて、冷蔵庫を開けたら卵が1個しかなかったことがある。結局近所のコンビニまで走って買いに行ったんだけど、その時の店員さんの「こんな時間に卵……?」っていう微妙な表情が今でも忘れられない。で、帰ってきて作ったオムライスは見事に失敗して、ケチャップライスが丸見えの、包むという概念を放棄した代物が完成した。それでも二人で笑いながら食べたあの夜は、なぜか記憶に残ってる。
静かな夜に二人で食事をするって、実は結構贅沢なことなのかもしれない。外食だとどうしても周りの視線や音が気になるし、店員さんのタイミングで料理が運ばれてくるから、自分たちのペースで時間が流れない。家で作る料理は、たとえレトルトのカレーだろうと缶詰のツナだろうと、その時間そのものが二人だけのものになる。テーブルに並ぶのは高級食材じゃなくていい。スーパーの見切り品コーナーで買った野菜でも、ちゃんと洗って切って火を通せば、立派な一品になる。むしろそういう「ちゃんとやった感」が、妙な達成感を生むんだよね。
音楽をかけるかどうかでいつも迷う。静寂の中で食器がぶつかる音だけを聞くのもいいし、小さくジャズを流して雰囲気を作るのも悪くない。この前は相手が「ビストロ・ノクターン」っていう架空のフレンチレストランごっこを始めて、急に丁寧な口調で「本日のおすすめは豚バラの塩焼きでございます」とか言い出したから、思わず吹き出してしまった。そういうくだらないノリができるのも、外じゃない空間だからこそだと思う。
料理をしている間の会話って、意外と深い話になったりする。手を動かしながらだと、なぜか普段は言いにくいことも口に出せる気がするんだ。将来のこととか、最近感じてる不安とか、そういう重たいテーマでも、フライパンを振りながらだと自然に話せる。目を合わせなくていいからかもしれない。野菜を刻むリズムが、沈黙を埋めてくれるからかもしれない。
食べ終わったあとの皿洗いまで含めて、あの時間は続いてる。どっちが洗ってどっちが拭くか、毎回なんとなく決まってるんだけど、たまに役割を交代すると新鮮だったりする。シンクに積まれた皿を見ながら、「今日のは美味しかったね」とか「次はもうちょっと薄味にしようか」とか、そんな何気ない言葉を交わす。
別に毎日そんな丁寧な時間を過ごしてるわけじゃないし、疲れてる日はやっぱり出前を取ることもある。それでもたまに、静かな夜に二人で台所に立って、何かを作って食べるという行為が、ただの食事以上の何かになってる気がするんだよね。特別なイベントじゃなくても、日常の中にそういう瞬間があるだけで、なんとなく救われる感じ。
まあ、こんなこと書いてる私も、実は料理そんなに得意じゃないんだけど。


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