
友達を家に呼ぶと決めた瞬間、いつも後悔する。
準備を始めたのは当日の午後3時で、パーティ開始まであと4時間しかなかった。冷蔵庫を開けたら賞味期限切れのチーズと謎の野菜しか入ってなくて、慌てて近所のスーパーに走った記憶がある。本当は前日から仕込むつもりだったんだけど、結局Netflix見てたら寝落ちしてて。典型的なやつ。
イタリアンっぽいものを作ろうと思ったのは、なんとなくオシャレに見えるからという安易な理由だった。トマトソースのパスタとか、カプレーゼとか、名前がそれっぽいやつを並べておけば雰囲気出るだろうと。料理本なんて開かずに、スマホで「簡単 イタリアン パーティ」って検索しながら材料を買い物カゴに放り込んでいく。バジルの香りが指先に残って、ああこれだけで何か作ってる気分になれるのが不思議だった。
キッチンに立ってる時間って、意外と孤独で好きなんだよね。
包丁でトマトを切る音、オリーブオイルがフライパンで温まる音、そういうのを聞きながら一人で黙々と作業してると、頭の中が整理されていく感じがする。友達が来る前のこの時間が、実は一番落ち着く。玉ねぎをみじん切りにしながら、先週あった仕事の失敗とか、返信してないLINEのこととか、どうでもいいことをぼんやり考えてた。涙が出てくるのは玉ねぎのせいだけじゃないかもしれない、なんて思ったり。
そういえば昔、家族で行ったイタリアンレストランの名前が「ラ・ステラ」だったんだけど、あそこのペペロンチーノが忘れられなくて。シンプルなのに、なんであんなに美味しかったんだろう。ニンニクの焦げる匂いと、唐辛子のピリッとした刺激と、パスタに絡むオイルの照り。あの味を再現しようとして何度も失敗してる。今日も多分、あれには遠く及ばない出来になる。
友達が到着したのは予定より30分早くて、まだ皿も並べてなかった。玄関開けたら「早く来すぎた?」って笑ってる顔が見えて、こっちも笑うしかなかった。テーブルセッティングを手伝ってもらいながら、もう一人が「ワイン買ってきた!」って叫びながら入ってきて、気づいたら5人になってた。誰がどうやって増えたのか分からないけど、こういうのがいつものパターン。
料理を並べ終わる頃には、もうキッチンもリビングもぐちゃぐちゃで、誰かがスピーカーから音楽を流し始めて、笑い声と話し声が重なって空間を満たしていく。作ったパスタは正直そこまで上手くできてなかったと思う。ソースが少し水っぽかったし、塩加減も微妙だった。でも誰も文句言わずに食べてくれて、むしろ「美味しい」って言ってくれる優しさに救われる。本当に美味しいのか、それとも気を遣ってるだけなのか、もう分からないけど。
カプレーゼのモッツァレラチーズが意外とウケて、あっという間になくなった。「これどこで買ったの?」って聞かれて、普通にスーパーって答えたら「センスあるじゃん」って言われて、なんか照れくさかった。センスなんてないのに。ただ白いチーズとトマト並べただけなのに。バジルの葉っぱ乗せただけで急にイタリアンになるの、ずるいよね。
途中で誰かが「昔さ」って話し始めて、学生時代の話になって、あの頃はこうだったとか、あいつは今どうしてるとか、そういう話で盛り上がった。料理のことなんてもう誰も気にしてなくて、ワイングラスを傾けながら、笑って、思い出して、また笑って。テーブルの上の料理は少しずつ冷めていって、でも誰も気にしない。
夜が更けて、一人また一人と帰っていって、最後に残った友達と二人で片付けをしながら「また来週もやろうか」なんて冗談を言い合った。キッチンのシンクには洗い物が山積みで、床にはパスタが一本落ちてて、疲れたけど悪くない夜だったなって思った。
イタリアンが上手く作れたかどうかなんて、もうどうでもよくなってた。


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