
休日の午後、いつもより少し広めのキッチンに立つと、彼女が隣でエプロンを結んでいた。今日のメニューはカレーライス。でも、ただのカレーではない。スパイスから作る本格的なカレーライスに、二人で挑戦することにしたのだ。
「玉ねぎ、何個切る?」と彼女が尋ねる。レシピを確認しながら「三個かな」と答えると、彼女は慣れた手つきで包丁を握った。私はにんにくと生姜をすりおろす係。キッチンカウンターに材料を並べると、まるで小さな市場のようだ。クミン、コリアンダー、ターメリック、カルダモン。普段は使わないスパイスの瓶が、調理台の上で静かに出番を待っている。
玉ねぎを炒め始めると、甘い香りがキッチン全体に広がった。彼女が木べらでゆっくりとかき混ぜる姿を横目で見ながら、私はトマトを角切りにする。「飴色になるまで炒めるって、結構時間かかるね」と彼女がつぶやく。「でも、これがカレーの美味しさの秘密らしいよ」と答えると、彼女は少し楽しそうに微笑んだ。
二人で料理をするのは、実はそれほど頻繁ではない。普段は彼女が作ってくれることが多いし、私が作るときは一人でキッチンに立つことがほとんどだ。でも今日は違う。広めのキッチンスペースが、二人の距離をちょうどよく保ってくれる。ぶつかることもなく、でも手を伸ばせば届く距離。この空間が、なんだか心地よい。
玉ねぎが良い色になってきたところで、スパイスを投入する。クミンシードを入れた瞬間、パチパチと音を立てて香りが爆発した。「わあ、すごい香り!」彼女が目を輝かせる。続いてターメリック、コリアンダーパウダー、チリパウダーを加えると、キッチンは一気にエスニックな空間へと変貌した。この瞬間が、スパイスカレー作りの醍醐味だ。
「次は鶏肉入れるんだよね」と彼女が確認する。下味をつけておいた鶏もも肉を鍋に加えると、ジュワッという音とともに、さらに食欲をそそる香りが立ち上った。二人で順番にかき混ぜながら、肉に焼き色をつけていく。彼女が混ぜている間、私は次の工程の準備。トマトペーストとヨーグルトを小さなボウルで混ぜ合わせる。
「これ、入れるタイミング今?」彼女が尋ねる。「うん、肉に火が通ったら」と答えると、彼女は真剣な表情で鍋の中を覗き込んだ。こういう小さなやりとりが、二人で料理を作る楽しさなのかもしれない。一人で作るときは黙々と工程をこなすだけだけれど、二人だと確認し合ったり、意見を交わしたりする。それが新鮮で、なんだか特別な時間に思える。
トマトとヨーグルトのミックスを加えると、鍋の中の色が鮮やかな赤茶色に変わった。ここからじっくり煮込む時間。火を弱めて、蓋をする。「煮込んでる間、何する?」と彼女が聞く。「サラダでも作る?」と提案すると、彼女は冷蔵庫からレタスとキュウリを取り出した。
キッチンの片隅で彼女がサラダを作り、私は鍋の様子を見守る。時々蓋を開けて混ぜると、スパイシーな湯気が顔にかかる。少し辛そうな香りだけれど、それがまた食欲をそそる。「味見してみる?」と彼女に声をかけると、彼女は小さなスプーンですくって口に運んだ。「うん、いい感じ。でももう少し塩かな」という彼女の意見を聞いて、塩をひとつまみ追加する。
煮込むこと約三十分。カレーはとろみがついて、深い色合いになった。最後にガラムマサラを加えて、香りを整える。この最後のスパイスが、カレーに奥行きを与えてくれるのだ。「完成!」と声を上げると、彼女も嬉しそうに笑った。
ご飯をよそい、カレーをかける。湯気とともに立ち上るスパイシーな香りに、二人とも思わず顔を見合わせた。「いただきます」と同時に言って、スプーンを口に運ぶ。スパイスの複雑な香りと、じっくり炒めた玉ねぎの甘み、鶏肉の旨み。すべてが一体となって、口の中に広がる。「美味しい!」彼女が目を丸くする。「本当に美味しいね」と私も答える。
市販のルーで作るカレーも美味しいけれど、スパイスから作ったカレーには特別な味わいがある。それは単に味の違いだけではなく、二人で一緒に作ったという時間そのものが、このカレーに込められているからかもしれない。
食べ終わった後、二人でキッチンを片付けながら、「また作ろうね」と彼女が言った。「次は何カレーにする?」と聞くと、「グリーンカレーとか、バターチキンカレーとか」と、彼女は既に次のメニューを考えているようだった。
ちょっと広いキッチンで、二人で作るスパイシーなカレーライス。それは、ただの料理ではなく、二人の時間を豊かにしてくれる、小さな幸せなのだと思う。


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