韓国料理を囲んで友達とワイワイやる夜が、結局いちばん幸せだったりする

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友達が集まるとき、なぜかいつも韓国料理になる。

理由は簡単で、誰も文句を言わないから。イタリアンだと「パスタ重い」とか言い出す人がいるし、和食だと「なんか物足りない」って顔する人もいる。でも韓国料理だと、なぜかみんな機嫌がいい。チーズタッカルビでもチヂミでもスンドゥブでも、とりあえずテーブルに並べておけば勝手に盛り上がる。それに辛いものって、食べてる最中に自然と会話が生まれるんだよね。「これヤバくない?」とか「水ちょうだい!」とか、そういう些細なやりとりが場を温める。

去年の11月だったかな、いつものメンバー5人で新大久保の「ハンソルダイニング」っていう店に行ったときのこと。金曜の夜8時過ぎで、店内はすでに満席に近くて、入った瞬間にニンニクとゴマ油の匂いが鼻をついた。テーブルに案内されるまでの間、隣の席から聞こえてくる笑い声とか、鉄板でジュウジュウ焼ける音とか、そういうのを聞いてるだけで「ああ、今日は楽しくなるな」って確信できる。

最初に頼んだのはサムギョプサルとキムチチゲ、それからチャプチェとナムルの盛り合わせ。定番中の定番だけど、定番って安心感がある。誰かが「もっと攻めた料理にしようよ」とか言い出さない限り、こういう無難な選択が結局いちばん正解なんだと思う。ビールはとりあえずみんなで乾杯して、そのあとはチャミスルに移行するのがいつものパターン。

豚肉が焼けるまでの間、なぜか話題は昔のバイトの話になった。

誰が言い出したのか忘れたけど、大学時代にやってた居酒屋バイトの失敗談で盛り上がって、気づいたら30分くらい経ってた。私も一度、お客さんに頼まれた生ビールをテーブルに運ぶ途中で盛大にこぼして、靴までびしょ濡れにしたことがある。あのときの気まずさといったら。でもそういう「どうでもいい昔話」って、なぜか韓国料理を食べてるときに自然と出てくるんだよね。辛さで頭が少しぼんやりするからかもしれない。

サムギョプサルが焼けて、サンチュに包んで食べ始めると、会話のテンポも上がってくる。誰かが「これもう少し焼いたほうがよくない?」って言えば、別の誰かが「いや、今がちょうどいい」って反論して、結局全員が好きなタイミングで取って食べる。統一感なんてない。でもそれがいい。

キムチチゲが運ばれてきたときは、湯気と一緒に唐辛子の香りが広がって、テーブル全体が一気に赤く染まった気がした。最初の一口を食べた瞬間、「うわ、辛っ!」って声が重なって、それでもみんな止まらない。辛いのに食べちゃう。辛いから食べちゃう。この矛盾した感じが、韓国料理の魅力なんだと思う。

途中で誰かが「次どこ行く?」って聞いて、「カラオケ?」「いや、もう一軒飲みたい」「私は帰りたい」とか、バラバラな意見が飛び交う。でも結局、その場のノリで決まる。計画なんてない。そういう行き当たりばったりな感じが、友達と過ごす夜の醍醐味だと思ってる。

チャプチェを取り分けながら、ふと思った。こうやってワイワイガヤガヤ喋りながら食べる時間って、別に特別なことをしてるわけじゃない。ただ辛いものを食べて、笑って、たまに水を飲んで、また笑って。それだけ。でもこの「それだけ」が、意外と貴重なんだよね。社会人になると、こういう時間を作るのが難しくなる。予定を合わせるだけで一苦労だし、疲れてると「また今度ね」ってなりがち。

だからこそ、集まれたときは全力で楽しむ。遠慮なんてしない。

帰り道、駅まで歩きながら「また来ようね」って言い合うんだけど、次がいつになるかは誰も分からない。それでもいい。また辛いものを囲んで、くだらない話をして、笑い合える日が来ればそれで…まあ、そんな感じ。

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