
金曜の夜8時、駅前の雑居ビル3階。階段を上がる途中からもうキムチの匂いがしてきて、ああ今日はこういう夜なんだなって思った。
友達4人で集まるとき、いつも店選びで揉めるんだけど、今回は珍しくスムーズに決まった。誰かが「韓国料理どう?」って言い出して、みんなが「いいね」って。ただ一人、タカシだけが微妙な顔してたけど…まあ、多数決だよね。
店の名前は「ハンアリ」。聞いたことない店だったけど、予約サイトの写真がやたら美味しそうで、レビューも「辛さ控えめもできます」って書いてあったから大丈夫だろうと思ってた。扉を開けた瞬間、熱気とニンニクの香りと、あとなんか甘辛いタレの匂いが混ざった空気にどっぷり包まれる。店内は満席に近くて、どのテーブルも鍋を囲んでワイワイやってる。こういう雰囲気、嫌いじゃない。
席に着いて早々、メニューを広げながらみんなで「これ美味そう」「あれも頼もう」って盛り上がってたんだけど、タカシだけずっとスマホいじってて。「なに頼む?」って聞いたら「…俺、辛いの苦手なんだよね」って小声で言うわけ。
知ってたよ、実は。
去年の忘年会で激辛鍋やったとき、一口食べて顔真っ赤にしてたの覚えてる。でもさ、韓国料理って辛いのばっかりじゃないし、チヂミとかサムギョプサルとか、辛くないメニューもあるじゃん? だから大丈夫だろうって思ってたんだけど、甘かった。このハンアリ、基本的に全部のメニューにコチュジャンかキムチが入ってる。しかも「辛さ控えめ」っていうのが、普通の店の「普通」くらいある感じ。
結局、チーズタッカルビとチヂミ、キムチチゲ、それからヤンニョムチキンを注文した。タカシには「チヂミなら大丈夫でしょ」って言ったんだけど、運ばれてきたチヂミ、めっちゃ赤いタレがかかってる。ああ、これは…って思った瞬間、タカシの顔が曇った。
でもね、不思議なことが起きたんだよね。最初は恐る恐る食べてたタカシが、途中から意外と箸が進んでて。「どう?」って聞いたら、「…うん、なんか、これくらいなら」って。汗かきながら、でも笑ってた。チーズタッカルビのチーズをたっぷり絡めて食べると、辛さがマイルドになるのを発見したらしい。
隣のテーブルから「カンパーイ!」って声が聞こえてきて、こっちも負けじとビールを注文した。韓国料理とビールって、なんでこんなに合うんだろう。チヂミのカリカリした端っこをかじりながら、ヤンニョムチキンの甘辛いタレが指につくのも気にせず、みんなでガヤガヤ喋る。話題なんて特にない。仕事の愚痴とか、最近見たドラマの話とか、誰かの恋愛事情とか。
そういえば中学のとき、友達の家で初めてキムチ食べたんだよね。あのときは辛すぎて牛乳一気飲みした記憶がある。それから何年も経って、今じゃ普通に食べられるようになって、むしろ好きになってる。人間の舌って不思議だよね。慣れるっていうか、学習するっていうか。
キムチチゲが運ばれてきたとき、鍋がグツグツ煮えてて、湯気と一緒に辛そうな匂いが立ち上ってきた。「これヤバいやつじゃん」ってタカシが言ったけど、もう後には引けない。みんなで取り皿に分けて、恐る恐る口に運ぶ。
辛い。でも美味い。
これなんだよな、韓国料理の魔力って。辛いんだけど、その奥に旨味があって、ついもう一口って手が伸びる。タカシも諦めたのか、もう普通に食べてた。汗だくだったけど。途中で店員さんが「辛さ大丈夫ですか?」って心配そうに聞きに来て、みんなで「大丈夫です!」って答えたけど、正直ギリギリだった…かもしれない。
でも楽しかったんだよね、その「ギリギリ」が。辛さと戦いながら、笑いながら、汗かきながら食べる感じ。一人だったら絶対途中で諦めてたと思う。みんながいるから、なんとなく頑張れるっていうか。
気づいたら10時過ぎてて、テーブルの上は空の皿だらけ。最後にデザートで頼んだホットックが甘くて、辛さでやられた舌にしみた。店を出るとき、タカシが「次はもうちょっと辛くないとこがいいな」って言ってて、みんなで笑った。
駅まで歩きながら、「でも楽しかったね」ってタカシが言った。「辛かったけど」って付け加えて。
そうだよね、辛かったけど。でもそれでいいんだと思う。完璧じゃなくても、ちょっと失敗しても、それが思い出になるから。次は何食べようかな。


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