母の料理が下手だったことに気づいたのは、たぶん高校生のときだった

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母の料理が下手だったことに気づいたのは、たぶん高校生のときだった。

友達の家で初めて肉じゃがを食べたときのことを今でも覚えてる。甘辛い味がちゃんと染みていて、じゃがいもがほくほくしていて、こんなに美味しいものだったのかって驚いた記憶がある。うちの肉じゃがはいつも味が薄くて、じゃがいもの芯が固くて、でもそれが普通だと思ってたから。

実家の食卓はいつも静かだった。父と母と私と弟の四人で、テレビも消して、ただ黙々と箸を動かす。会話がないわけじゃないんだけど、「醤油取って」とか「ごはんおかわりある?」とか、そういう実務的な言葉だけ。料理の味について誰も何も言わなかった。美味しいとも、まずいとも。

母の作る煮物はいつも色が薄かった。煮魚は生臭くて、味噌汁は出汁の味がしなくて、卵焼きは焦げてた。でも父も弟も文句を言わずに食べてたし、私も食べてた。それが当たり前だったから。食事って、お腹を満たすためのものだと思ってた。

中学生のころ、家庭科の調理実習で初めて出汁を取った。昆布と鰹節を使って、先生が「香りを楽しんで」って言った。鍋から立ち上る湯気の匂いを嗅いだとき、これがうちの味噌汁に足りなかったものだって気づいた。うちの味噌汁は、たぶん顆粒だしすら入ってなかったんだと思う。ただお湯に味噌を溶いただけの…

そういえば母は料理をしながらレシピ本を見たことがなかった。全部目分量で、調味料を適当に入れて、火加減も適当で。冷蔵庫にある材料を組み合わせて、とりあえず何か作る。それだけ。「美味しく作ろう」っていう気持ちがあったのかどうか、今となっては分からない。

大学で一人暮らしを始めて、自炊するようになった。最初はクックパッドを見ながら、レシピ通りに作ってた。計量スプーンで醤油を測って、タイマーで煮込み時間を管理して。そうやって作った料理を食べたとき、「普通に美味しい」って思った。特別な技術がなくても、レシピ通りに作れば、ちゃんと美味しいものができる。母はなぜそれをしなかったんだろう。

友人が遊びに来たとき、私が作った肉じゃがを食べて「美味しい」って言ってくれた。嬉しかったけど、同時に複雑な気持ちになった。私が作る料理より母の料理のほうがまずいって、改めて確信してしまったから。

でも実家に帰省すると、相変わらず母の料理は下手なままで、食卓は静かなままだった。父は新聞を読みながら食べて、弟はスマホをいじりながら食べて、母は何も言わずに自分の皿の料理を片付けていく。誰も料理の味について触れない。その沈黙が、もしかしたら家族なりの優しさだったのかもしれないって、最近思うようになった。

去年の正月、久しぶりに四人で食卓を囲んだ。母が作ったお雑煮は相変わらず出汁が効いてなくて、煮物は味が薄かった。でも弟が「お母さん、おかわり」って言って、父が黙って箸を動かして、私も黙って食べた。

料理が下手な母と、それを指摘しない家族。美味しくない食事を囲んで、穏やかに過ぎていく時間。それが私たちの日常だった。今もそうだし、たぶんこれからもそう。別にそれでいいのかもしれない…って、最近は思ってる。

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