
実家の食卓は、いつも静かだった。
テレビもつけない。スマホも見ない。ただ箸を動かす音と、味噌汁をすする音だけが、6畳のダイニングに響いていた。父は新聞を畳んで椅子の横に置き、母は台所との間を行ったり来たりしながら、私と弟は黙々とご飯を口に運ぶ。会話がないわけじゃないけれど、必要最低限。「醤油取って」とか「ご飯おかわりある?」とか、そういう実務的なやりとりだけ。それが当たり前だと思っていた。
友人と初めて鍋を囲んだのは大学2年の冬で、あのときの衝撃は今でも忘れられない。みんな喋る喋る。箸を持ったまま笑って、食べながら話して、話しながら食べて。「うちってこんなに賑やかじゃなかったな」って思ったのを覚えてる。でもそれは「賑やか=良い」「静か=悪い」っていう単純な話じゃなくて、ただ「違うんだな」っていう発見だった。
母の作る料理は、いつも同じような味だった。煮物は少し甘くて、味噌汁は具が少なくて、焼き魚はたいてい焦げていた。でも文句を言ったことはない。というか、それが普通だと思っていたから、比較する対象がなかった。肉じゃがの人参が硬かろうが、卵焼きが妙にしょっぱかろうが、それが「うちの味」なんだと信じて疑わなかった。
30歳になって、料理系のYouTubeをなんとなく見るようになった。きっかけは忘れたけど、たぶん夜中にお腹が空いて、飯テロ動画でも見ようと思ったんだと思う。そこで初めて知った。煮物の落とし葉って何? 魚を焼く前に塩を振って水分を出すって、そんな工程あったの? 出汁って昆布と鰹節から取るものなの? 母が使っていたのは、あの「ほんだし」って書いてある瓶だけだったけど。
そこから色々と調べ始めて、気づいてしまった。母の料理は、お世辞にも上手とは言えなかったんだと。いや、別に責めてるわけじゃない。母は母なりに、毎日時間をやりくりして、私たちのために食事を作ってくれていた。それは間違いない。ただ、技術的には…うん、まあ、そういうこと。
去年の夏、久しぶりに実家に帰ったとき、夕食の支度を手伝った。母が大根を切っているのを横目で見ながら、「もうちょっと薄く切った方が味が染みやすいよ」って言いかけて、やめた。言ったところで何が変わるわけでもない。それに、この味で育ってきた私がここにいるんだから、それでいいじゃないかって思った。
食卓を囲む時間って、料理の味だけで決まるものじゃないのかもしれない。あの静かな食事風景を思い出すと、確かに会話は少なかったけど、誰かが不機嫌だったわけでも、険悪な雰囲気だったわけでもなかった。ただ、それぞれが自分のペースで食べて、たまに目が合うと軽く微笑んで、そういう穏やかな時間が流れていた。父が「今日の魚、美味いな」って言うと、母が「そう?」って少し嬉しそうに返す。そんな小さなやりとりが、確かにあった。
最近、自分でも料理を作るようになって気づいたのは、完璧な味を目指すのって、意外と疲れるってこと。レシピ通りに作っても、なんか違う。調味料を測っても、なんか物足りない。「まあいいか」って妥協するラインを見つけるのが、実は一番難しい。母はきっと、そのラインをずっと前に見つけていたんだろう。
今でもたまに、あの静かな食卓を思い出す。焦げた秋刀魚の匂いと、少し甘すぎる煮物と、硬い人参。それが私の「家族の味」で、たぶん一生忘れることはない。上手い下手じゃなくて、ただそこにあった時間。それだけの話…なんだけど。


コメント