
窓の外では春の雨が降り始めていた。四月も半ばを過ぎたこの時期、気温はまだ不安定で、午後になると急に空が暗くなることがある。彼女がエプロンを結びながら「今日はカレーにしよう」と言ったのは、そんな肌寒さを感じたからかもしれない。ちょっと広いキッチンには、彼女が選んだという北欧風の木製カウンターがあって、そこに玉ねぎとにんじん、じゃがいもが並んでいる。彼女は料理が得意というわけではないけれど、こういう日常の作業を丁寧にこなす人だった。
僕は冷蔵庫から鶏肉を取り出しながら、子どもの頃に母がよく作ってくれたカレーのことを思い出していた。あの頃は市販のルーをそのまま使うだけのシンプルなものだったけれど、それでも十分に美味しかった。今日は彼女が「スパイスから作ってみたい」と言い出したので、僕たちは初めてスパイシーなカレーに挑戦することになった。クミンやコリアンダー、ターメリックといった小瓶が並ぶ様子は、まるで小さな実験室のようだ。
彼女が玉ねぎを刻み始めると、キッチン全体に少しずつ香りが広がっていく。僕はその隣でにんじんの皮を剥きながら、彼女の手元をちらちらと眺めていた。彼女の包丁さばきは決して器用とは言えないけれど、一つひとつの動作に迷いがなくて、それがなんだか心地よかった。時々、切った玉ねぎを手の甲で目元に押し当てて涙をこらえる仕草が、妙に可愛らしく見える。
「ねえ、スパイスってどのタイミングで入れるんだっけ?」と彼女が尋ねてきた。僕も正直よくわからなかったけれど、スマートフォンでレシピを確認しながら「玉ねぎが飴色になってからみたい」と答える。彼女は「飴色って、どれくらい?」と少し不安そうに訊いてきたので、僕は「たぶん、もう少し炒めてから」と曖昧に答えた。二人で作るというのは、こういう小さな確認作業の積み重ねなのかもしれない。
フライパンの中で玉ねぎが少しずつ色づいていく。その間、僕はじゃがいもを一口大に切り、鶏肉にも軽く塩を振っておいた。キッチンには次第にスパイスの香りが立ち込めてくる。クミンを炒めた瞬間、ふわりと広がるあの独特の香ばしさは、どこか異国の市場を思わせるようだった。彼女が「わあ、いい匂い」と目を細めたので、僕も少し嬉しくなった。
彼女がターメリックを加えようとしたとき、小瓶の蓋がうまく開かず、少し力を入れすぎたのか、勢いよく開いた瞬間に黄色い粉が思ったより多く飛び出してしまった。「あ」と小さく声を上げた彼女の表情が一瞬固まり、僕たちは顔を見合わせて思わず笑った。フライパンの中は予想以上に鮮やかな黄色に染まっていたけれど、それもまた悪くないと思った。完璧じゃないからこそ、この瞬間は僕たちだけのものになる。
トマト缶を加えて煮込み始めると、キッチンはすっかりカレーの香りに包まれた。彼女が木べらでゆっくりとかき混ぜながら、僕は横で水を足したり、塩加減を確認したりする。会話は途切れがちだったけれど、それは気まずい沈黙ではなくて、ただ静かに同じ時間を共有しているという心地よさだった。窓の外では雨が少し強くなり、ガラスを打つ音が規則的なリズムを刻んでいる。
煮込んでいる間、僕たちはカウンターに並んで座り、彼女が淹れてくれたミントティーを飲んだ。彼女は「ルミナス・ハーブ」というブランドのティーバッグを愛用していて、その爽やかな香りがカレーのスパイシーさと不思議と調和していた。カップを手に持つと、ほんのりと温かさが伝わってくる。彼女は少しうとうとしそうな表情で窓の外を眺めていて、その横顔を見ていると、時間がゆっくりと流れているように感じられた。
やがてカレーが煮上がり、僕たちはそれぞれ皿にご飯を盛った。彼女が最後にパクチーを添えて「できた」と満足そうに微笑む。スプーンで一口すくって口に運ぶと、スパイスの複雑な香りと辛さが広がり、その奥に玉ねぎの甘みと鶏肉の旨味が重なっていた。ターメリックが少し多めだったせいか、予想以上に色鮮やかで、味も少しだけ個性的だったけれど、それがかえって記憶に残る一皿になった気がする。
彼女が「美味しいね」と言ったので、僕も「うん、美味しい」と答えた。それ以上の言葉は必要なかった。料理を二人で作るということは、ただ食べ物を完成させることではなくて、その過程で生まれる小さなやりとりや失敗、笑いや沈黙を共有することなのだと思う。そしてそれは、ふたりの距離を測る、目には見えない定規のようなものかもしれない。
雨はまだ降り続いていた。僕たちはゆっくりとカレーを食べ終え、食器を洗いながら次は何を作ろうかと話していた。キッチンにはまだスパイスの香りが残っていて、それが心地よい余韻のように僕たちを包んでいた。


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