
秋の終わりに差し掛かった十一月の初旬、私たち家族は山間のキャンプ場へと車を走らせた。紅葉はすでに終わりを迎えていて、落ち葉が地面を覆い尽くしている。午後三時を過ぎた頃、ようやく目的地に到着し、テントを張り終えた時には既に日が傾きかけていた。
夕方の冷たい空気が頬を撫でる。息を吐けば白く染まるほどの気温だ。子どもたちは薪を拾い集めに駆け出していった。その背中を見送りながら、私は焚き火台を組み立て始める。妻は持参した食材をクーラーボックスから取り出しながら、今夜のメニューを確認していた。
「今日は何を作るの?」と聞くと、妻は少しだけ得意げな表情で「ダッチオーブンで鶏肉のトマト煮込みよ。あとはホットサンドも作りたいな」と答えた。家ではなかなか時間をかけて料理をする余裕がないけれど、キャンプの夜はゆっくりと食事を楽しめる。それが私たち家族にとっての贅沢だった。
焚き火に火をつけると、薪がパチパチと音を立てて燃え始める。煙の匂いが鼻をくすぐり、ああ、キャンプに来たんだなと実感する瞬間だ。子どもたちが拾ってきた枝を少しずつ火にくべながら、火加減を調整していく。妻は横で野菜を切り、鶏肉に塩胡椒を揉み込んでいた。その手際の良さに、普段の忙しい日常でも培われた技術を感じる。
ダッチオーブンに油を引き、鶏肉を焼き始めると、じゅうっという音とともに香ばしい匂いが立ち上った。子どもたちも興味津々で覗き込んでくる。長女は「お腹空いた」と言いながら、焚き火の周りをうろうろしていた。次女はというと、マシュマロを焼きたいと言い出して、まだ料理も始まったばかりなのに串を握りしめている。そんな光景を見て、妻と顔を見合わせて笑った。
鶏肉に焼き色がついたところで、玉ねぎとにんにくを加える。甘い香りが広がり、それだけで食欲が刺激される。トマト缶を開け、ダッチオーブンに流し込むと、赤い液体が鶏肉を包み込んでいく。ローリエを一枚落とし、蓋をして炭の上に置く。あとはじっくりと煮込むだけだ。
待っている間、妻が持ってきた「ノマディックブレンド」というコーヒーを淹れてくれた。アウトドア用に焙煎されたというそのコーヒーは、少しスモーキーな香りがして焚き火との相性が良い。ホーローのカップに注がれたコーヒーを受け取ると、その温かさが手のひらに伝わってくる。一口飲むと、ほろ苦さが口の中に広がり、身体の芯まで温まるような気がした。
長女が「パパ、これ食べられる?」と、どこかで拾ってきたキノコを持ってきたので、慌てて「それは食べちゃダメ!」と止めた。妻は苦笑いしながら「ちゃんと見ててあげてよ」と言う。まったく、子どもの好奇心というのは時に危険だ。でもその無邪気な探究心が、この年頃の子どもらしさでもあるのだろう。
三十分ほど経ち、ダッチオーブンの蓋を開けると、湯気とともに濃厚なトマトの香りが溢れ出した。鶏肉は柔らかく煮込まれ、野菜もしっかりと味を吸っている。妻が味見をして「うん、いい感じ」と頷いた。その横顔を見ていると、普段の忙しさから解放されて、少しだけリラックスしているのが分かる。
ホットサンドメーカーにバターを塗り、パンを置いて具材を挟む。ハムとチーズ、そしてトマト。焚き火の脇に置いて、両面をじっくりと焼いていく。焼けたパンの香ばしい匂いが食欲をそそる。子どもたちは待ちきれない様子で、何度も「まだ?」と聞いてくる。
ようやく料理が完成し、皆で焚き火を囲んで食事を始めた。ダッチオーブンから取り分けた鶏肉のトマト煮込みは、驚くほど柔らかく、口の中でほろりと崩れる。ホットサンドはカリッとした食感で、中のチーズがとろりと溶けていた。次女は「おいしい!」と満面の笑みで頬張っている。
食事をしながら、妻がふと「こうやって家族で料理するのっていいね」と呟いた。確かに、家ではそれぞれが忙しく、ゆっくりと食卓を囲む時間も少なくなっていた。でもこうしてキャンプで一緒に料理をし、焚き火を囲んで食べる時間は、何にも代えがたい。
食後、子どもたちは念願のマシュマロ焼きに夢中になっていた。長女は慎重に焼いていたが、次女は待ちきれずに火に近づけすぎて、マシュマロを真っ黒に焦がしてしまった。「あー!」という声とともに、焦げたマシュマロが地面に落ちる。その光景に、皆で笑い合った。
夜空を見上げると、満点の星が広がっていた。都会では見られない、こんなにも多くの星。焚き火の炎が揺れる音と、遠くで聞こえる川のせせらぎ。家族の笑い声。この瞬間が、ずっと続けばいいのにと思った。
料理を通じて家族が一つになる。キャンプという非日常の中で、私たちは改めてそのことを実感していた。


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