
友達の家でのパーティって、なぜか料理の腕を試される場になる。
先月の土曜日、大学時代の友人が新居に引っ越したってことで10人くらい集まったんだけど、私は張り切ってイタリアンのパスタを作ることにした。というのも、前の週に料理系のYouTubeチャンネルをずっと見てて、カルボナーラの作り方を完璧にマスターした気になってたから。動画で見ると簡単そうだったんだよね、本当に。卵黄とチーズとベーコンだけ。シンプル。でも実際にやってみたら、友達の家のコンロは火力が強すぎて、気づいたときには卵が半熟どころか完全にスクランブルエッグ状態になってた。
みんなが持ち寄った料理を見て、私は内心焦ってた。隣で器用に生春巻きを巻いてる美咲、オーブンでローストチキンを焼いてる健太、サラダボウルに手際よくトマトとモッツァレラを並べてる由紀…。なんでみんなそんなに料理できるの?っていうか、いつの間にこんなスキル身につけたわけ?
私のカルボナーラ(もはやカルボナーラと呼んでいいのか怪しいけど)は、パスタの湯切りが甘かったせいで水っぽくなり、さらに塩を入れすぎた。味見をした瞬間、「あ、これダメだ」って思った。でも今さら作り直すわけにもいかないし、そのまま大皿に盛って「イタリアン風パスタだよー」って持っていった。風って何だよって話なんだけど。
家族で料理を囲む食卓とは違って、友達とのパーティって妙な緊張感がある。家族なら「まずい」って正直に言ってくれるけど、友達は優しいから「美味しいよ」って言ってくれる。その優しさが逆に怖い。健太が私のパスタを一口食べて、微妙な表情で「…うん、塩気が効いてるね」って言ったとき、ああこれ完全に失敗作だって確信した。
ところで、中学生のときに家庭科の調理実習で作ったハンバーグのことを急に思い出した。あのときも塩を入れすぎて、班のメンバー全員で「しょっぱいね」って笑いながら食べたんだった。なんで私、塩の量を間違えるんだろう。味覚がおかしいのかな。いや、おかしいっていうか、大雑把なんだと思う。レシピに「小さじ1」って書いてあっても、「まあこれくらいでいいか」って目分量でやっちゃうタイプ。
パーティが進むにつれて、みんなの料理はどんどん減っていくのに、私のパスタだけが大皿に残り続けた。誰も二皿目を取りに来ない。その光景を見ながら、ビールを飲んでごまかすしかなかった。美咲が「あ、パスタまだあるよ!」って声をかけてくれたけど、誰も反応しない。優しさと現実の狭間で、私のカルボナーラは孤独に皿の上で冷めていった。
午後8時を過ぎたころ、部屋の照明が暖色系のオレンジ色に変わって、音楽もゆったりしたジャズに切り替わった。みんなお腹いっぱいになって、ソファやクッションに寝転がりながら、他愛もない話をしてる。窓の外からは車の走る音と、どこかの居酒屋から漏れてくる笑い声が聞こえてくる。
由紀が「次は私の家でやろうよ」って提案して、みんなが「いいね」って盛り上がってる。私は「次こそちゃんとした料理作るから」って宣言したけど、健太に「期待してないから大丈夫」って即答された。ひどい。
結局、残ったパスタは翌日のまかないとして友人が引き取ってくれた。「一晩置いたら味が馴染むかもしれないし」って。それ、完全に慰めの言葉だよね。でもありがたく受け取った。料理って、結果よりもその場の空気が大事なのかもしれない。
次のパーティまでに、せめて塩の量だけは正確に測れるようになりたい…けど、多分また同じ失敗するんだろうな。

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