
友達を呼ぶって決めたのは、たぶん木曜日の夜だった。
金曜の夜に集まろうって話になって、じゃあ何作ろうかなって考えたときに真っ先に浮かんだのがイタリアン料理だった。パスタとか、ピザとか、あとはカプレーゼみたいな前菜。理由は単純で、みんなで取り分けやすいし、失敗しても「まあイタリアンだし」って言い訳できるから。実際、料理って完璧を目指すより、その場の空気を大事にした方がうまくいく気がしてる。
うちの母親が昔からよく言ってたんだけど、「料理は愛情」じゃなくて「料理は段取り」らしい。家族で囲む食卓も、友達とのパーティも、結局は誰がどのタイミングで何を持ってくるかっていう、その流れが全てなんだって。最初はピンとこなかったけど、自分で人を呼ぶようになってから、ああ確かにって思うようになった。冷蔵庫の中身を確認して、買い物リストを作って、仕込める料理は前日に済ませておく。そういう地味な準備が、当日の余裕を生むんだよね。
で、今回はトマトソースのパスタをメインにしようと決めた。ニンニクをオリーブオイルで炒めて、ホールトマトを潰して煮詰めて、バジルをちぎって入れる。シンプルだけど、ちゃんと作るとめちゃくちゃ美味しいやつ。あとは生ハムとモッツァレラを買ってきて、ルッコラと一緒に盛り付ければ前菜は完成。ワインは友達が持ってくるって言ってたから、こっちはノンアルのスパークリングを用意しておけばいい。
そういえば去年、友達の家で鍋パーティやったときに、誰も土鍋を持ってきてなくて全員で笑ったことがある。あれは本当に間抜けだった。結局コンビニで卓上コンロだけ買って、フライパンで無理やり鍋っぽいものを作ったんだけど、意外と盛り上がったんだよな。料理の完成度より、その場のハプニングの方が記憶に残るっていうか。
当日の夕方、キッチンに立ってトマトソースを煮込んでたら、窓から夕焼けの光が差し込んできて、なんかちょっとだけ映画みたいな気分になった。コンロの火が赤く揺れて、トマトがぐつぐつ音を立てて、オリーブオイルの香りが部屋中に広がる。この瞬間が好きなんだよね、料理してるときの。誰も見てないし、誰も評価しないけど、自分だけの時間っていうか。
友達が来たのは19時過ぎ。最初に来たのはいつも早めに着くタイプの子で、手土産にワインを2本も持ってきてくれた。「ちょっと奮発しちゃった」って笑ってたけど、ラベルを見たら聞いたことないイタリアの小さな醸造所のやつで、こういうセンスがあるんだよなあって思った。そのあとぞろぞろと人が集まってきて、気づいたらリビングに7人。テーブルに並べた料理を囲んで、みんなでグラスを合わせる。
家族と食べる料理と、友達と食べる料理って、なんか違う気がする。家族の場合は「いつもの味」を求められるっていうか、安定感が大事なんだけど、友達の場合はちょっと冒険してもいいっていうか。今回もバジルの代わりにルッコラを入れてみたり、パスタを茹でるときに塩を気持ち多めにしてみたり、細かい変化を楽しんでた。で、それをみんなが「これ美味しい」って言ってくれるのが嬉しくて。
パーティって不思議で、料理がメインのはずなのに、いつの間にか話の方がメインになってる。誰かが仕事の愚痴を言い出して、別の誰かが恋愛相談を始めて、気づいたらもう23時過ぎ。パスタの皿は空っぽで、ワインのボトルも空いてて、テーブルの上にはグラスとお皿が散らばってる。片付けは明日でいいやって思いながら、ソファに座って二次会みたいな雰囲気になってた。
イタリアンって、結局のところ「一緒に食べる」ための料理なんだと思う。一人で黙々と食べるより、誰かと分け合って、取り分けて、「これ美味しいね」って言い合う。そういう時間を作るための、道具っていうか。家族とのディナーも、友達とのパーティも、根っこは同じなのかもしれない。
帰り際、最後まで残ってた友達が「また来月もやろうよ」って言ってくれた。次は何作ろうかなって考えながら、玄関で手を振る。キッチンに戻ると、まだトマトソースの匂いが残ってた。
料理することと、人を呼ぶこと。たぶんこれからも続けていくんだろうな…って思いながら、シンクに溜まった皿を見てため息をついた。


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