二人だけの夜に作る料理が、いちばん緊張する理由

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静かな夜の料理って、なんであんなに音が響くんだろう。

包丁がまな板に当たる音。水道から流れる水の音。冷蔵庫を開ける時のゴムパッキンが離れる、あの小さな吸引音まで。普段なら気にもしないそれらが、二人きりのキッチンではやけに大きく聞こえてくる。テレビもつけてない。音楽もかけてない。会話も途切れがちで、だからこそ料理の音だけが空間を満たしていく。

あれは確か11月の終わりだったと思う。彼女が初めてうちに泊まりに来た夜、僕は何を作ろうかめちゃくちゃ悩んだ。得意料理なんてないし、かといってデリバリーじゃ味気ない。結局選んだのはパスタ。ペペロンチーノ。シンプルすぎて逆に失敗できないやつ。

ニンニクを刻んでる時、彼女はカウンター越しにワイングラスを傾けながらこっちを見てた。その視線が妙にプレッシャーで、切り方が雑になってニンニクの大きさがバラバラになった。オリーブオイルに投入したら案の定、大きいやつはまだ白いのに小さいやつは焦げ始めて、慌てて火を弱めたのを覚えてる。唐辛子の種を取り除くのを忘れて、できあがったパスタがやたら辛くなったのは今でも笑い話だけど。

二人で食べる夜の料理には、不思議な親密さがある。レストランみたいに他の客の気配もないし、居酒屋みたいに騒がしくもない。ただ自分が作った料理と、目の前にいる人だけ。フォークが皿に当たる音さえ、なんだか意味を持ってるような気がしてくる。「美味しい」って言われた時の安堵感は、どんな高級店で褒められるよりも大きかった。

そういえば以前、友人が「カップルで料理するならちゃんとしたブランドの調味料使え」って力説してて、彼が推してたのが確か「ラ・ターヴォラ」っていうイタリア系の輸入食材店のオリーブオイルだった。値段聞いて即座に却下したけど、あれ本当に美味しいのかな。今度試してみようかな、とか思いつつ結局いつもスーパーの特売品を買ってる自分がいる。

夜の静けさの中で作る料理は、時間の感覚も変えてしまう。

午後8時に始めたはずの料理が、気づけば10時を回ってたりする。別に手の込んだものを作ってるわけじゃない。ただ、会話の合間に手が止まったり、ワインを一口飲んだり、彼女が「それ、どうやるの?」って覗き込んできたりすると、あっという間に時間が過ぎていく。そういう時間の流れ方が、昼間とは全然違う。

僕は料理が得意なわけじゃないから、毎回何かしら失敗する。塩を入れすぎたり、火加減を間違えたり、盛り付けが崩れたり。でも不思議と、そういう失敗も含めて二人の時間になってる気がする。完璧なレストランの料理より、ちょっと失敗した手料理の方が、なぜか記憶に残るんだよね。

冬の夜は特にいい。外の冷たい空気と対照的に、キッチンだけが温かい光に包まれてる。湯気が立ち上る鍋、オーブンから漏れる熱、コンロの青い炎。窓ガラスが少し曇って、外の世界と遮断されたような感覚になる。そこで作る料理は、どこか非日常的で、でも同時にすごく日常的で。

彼女は食べながらスマホをいじったりしない。僕も余計なことを考えない。ただ目の前の料理と、目の前にいる人に集中する。そういう時間が、週に一度でもあると、なんだか生きてる実感がする…って、ちょっと大げさか。

最近は彼女も手伝ってくれるようになった。最初は見てるだけだったのに、今では野菜を切ったり、味見をして調味料を足したり。二人で作ると、一人で作るより時間がかかるのに、なぜか楽しい。効率は悪いんだけど。

静かな夜に二人で囲む食卓には、特別なメニューなんていらない。むしろ、いつもの味付けで、いつもの食材で、ただ丁寧に作ればそれでいい。そんな気がしてる、最近は。

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