二人きりの夜に作る料理は、いつもより少しだけ丁寧になる

Uncategorized

ALT

冷蔵庫を開けたら、賞味期限ギリギリの豆腐が目に入った。

今夜は静かだ。窓の外から聞こえるのは、たまに通る車の音くらい。こういう夜は外食する気にもならなくて、自然とキッチンに立つことになる。彼女はリビングでスマホをいじっているけど、別に会話がないわけじゃない。ただ、無理に何かを話さなくてもいい空気が流れている。一人暮らしの頃は適当にコンビニ弁当で済ませていたのに、誰かと一緒にいるとなぜか「ちゃんと作ろう」って気持ちになるのが不思議だ。

豆腐と冷蔵庫の奥にあった椎茸、それからネギを刻む。包丁の音がやけにはっきり聞こえる夜。リズムよく刻んでいると、なんとなく料理が上手くなった気がしてくる…だけど。

実家にいた頃、母親が「料理は音を聞けば上手いかどうかわかる」って言っていたのを思い出す。当時は全然意味がわからなかったけど、今ならなんとなくわかる気がする。トントンと一定のリズムで刻めるようになったのは、彼女と暮らし始めてからだ。最初の頃は指を切りそうになって、彼女に「危ないから見てられない」って笑われたっけ。あの時は本気で恥ずかしかった。

鍋に出汁を取る。昆布と鰹節。インスタントの出汁パックを使えば簡単なんだけど、時間がある夜はこうして丁寧にやりたくなる。湯気が立ち上って、ほんのり磯の香りが漂ってくる。この匂いを嗅ぐと、なぜか落ち着く。彼女が「何作ってるの?」ってキッチンを覗きに来た。「湯豆腐」って答えたら、「地味だね」って笑われた。地味で悪かったな、と思いつつ、でもこういう地味な料理が一番美味しい気がするんだよな。

そういえば去年の冬、友達が「ミラノ風リゾット」とかいう謎の料理を作ってくれたことがあった。やたらとチーズが入っていて、正直重すぎて完食できなかった。あれはあれで美味しかったけど、二人きりの夜に食べたいものじゃない。

豆腐を鍋に入れる。ゆっくりと温度が上がっていくのを待つ時間が好きだ。急いで火を強くしても美味しくならない。弱火でじっくり。椎茸とネギも加えて、ポン酢を小皿に用意する。冷蔵庫を開けて、柚子胡椒があったのを思い出した。これがあるとないとでは全然違う。彼女は柚子胡椒が好きで、何にでもかけたがる。この前なんて納豆に入れていて、さすがにそれはどうなんだって思ったけど、本人は満足そうだったからまあいいか。

テーブルに鍋を運ぶ。IHのコンロを真ん中に置いて、小皿とお椀を並べる。彼女がビールを二本持ってきた。「乾杯する?」って聞かれて、うん、と答える。缶を開ける音。プシュッという音が静かな部屋に響く。

グツグツと煮える音を聞きながら、豆腐が温まるのを待つ。最初の一口は熱くて、ふーふーしながら食べる。ポン酢の酸味と柚子胡椒のピリッとした辛さが口の中に広がる。豆腐の柔らかさ、椎茸の歯ごたえ、ネギのシャキシャキ感。どれも主張しすぎない。

「美味しいね」って彼女が言った。「うん」としか返せなかったけど、それで十分だった気がする。

料理って、別に特別なものじゃなくていい。高級な食材を使う必要もない。ただ、誰かと一緒に食べるために作るっていう、その行為自体に意味があるのかもしれない。一人で食べる湯豆腐と、二人で食べる湯豆腐は、使っている材料は同じでも味が違う。そんな気がする。

鍋の湯気が天井に向かって揺れている。外はもう真っ暗で、時計を見たら夜の9時を回っていた。明日も仕事だし、そろそろ片付けないと…って思いながら、もう一杯ビールを開ける。

こういう夜が、たまにあってもいいよな。

コメント

タイトルとURLをコピーしました