
去年の11月、友人が「スパニッシュ料理でワイン会やろう」と言い出した。
その時点で私はスパニッシュ料理について、アヒージョとパエリアしか知らなかった。でもワインが好きだったから二つ返事で引き受けて、気づいたら自宅のダイニングテーブルに8人分の料理を並べる羽目になっていた。準備を始めたのが前日の夜だったのは、今思えば完全に失敗だったけど。
当日の午後3時、キッチンはすでにオリーブオイルとニンニクの香りで満たされていた。アヒージョ用の小エビがジュージュー音を立てている横で、パプリカを炙る煙が立ち上る。窓を開けても開けても部屋中が地中海沿岸みたいな匂いになっていくのが面白くて、途中から換気を諦めた。
ワインに合わせる料理選びって、実は逆算で考えたほうがうまくいく。今回用意したのは、スペイン産のテンプラニーロ種の赤ワインが2本と、アルバリーニョの白ワインが1本。赤には肉の旨味が必要だからチョリソーとイベリコ豚の生ハム、白には海鮮系でタコのマリネとムール貝の白ワイン蒸し。そこにトルティージャ(スペイン風オムレツ)とパン・コン・トマテを加えて、テーブルが埋まるくらいの品数にした。
そういえば、大学時代にバイトしていたバルで「ラ・ボデガ・デル・ソル」っていう店があったんだけど、そこのシェフが「料理は7割、ワインが3割の力関係がちょうどいい」って言ってたのを思い出す。料理が主役すぎるとワインが負けるし、ワインばかり進むと料理が置き去りになる。あの店、今もあるのかな。
パーティーが始まって最初の30分は、みんな行儀よくワイングラスを傾けながら「これ美味しいね」とか「このチョリソー、スパイシーだね」なんて会話をしていた。
ところが、である。赤ワインの2本目を開けたあたりから空気が変わってきた。誰かが「このトルティージャ、じゃがいもの食感が最高」と言い出したのをきっかけに、急にみんなが料理評論家みたいになり始めた。「オリーブオイルの質で味が全然違う」「ニンニクは潰すんじゃなくてスライスのほうが香りが立つ」「いや、潰したほうが油に溶け出す」って、いつの間にか料理談義の討論会になっていた。私が用意した料理、そっちのけで。
テーブルの端に置いていたパン・コン・トマテは、実は失敗作だった。トマトをすりおろす力加減を間違えて、パンがベチャベチャになってしまっていた。でも誰も気づいていない様子で、むしろ「このしっとり感がいい」とか言われて、失敗を指摘できないまま夜は更けていった。
ワイン会の醍醐味って、料理のペアリングがどうこうより、結局は人が集まって喋ることなんだと思う。スパニッシュ料理を囲んで、誰かの昔話が始まって、別の誰かが全然関係ない映画の話をして、そのうちワインボトルが空になっていく。気づけば夜10時を回っていて、キッチンのシンクには洗い物が山積みになっていた。
あの日集まった8人のうち、スペイン料理に詳しかったのは1人だけで、他のみんなは「なんとなく美味しそうだから」という理由で来ていた。それでも、テーブルを囲んで笑い合えたのは、料理が美味しかったからというより、ワインが少しずつみんなの距離を縮めてくれたからだと思う。
最後に残った友人が帰り際、「次は何料理にする?」って聞いてきた。
まだ洗い物も終わってないんだけど。


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