
十一月の終わり、窓の外が薄暗くなり始める時刻に、友人たちが次々と玄関をくぐった。今夜のテーマはスパニッシュ料理とワイン。数週間前から準備を重ねてきたこのパーティーは、私にとって久しぶりの大掛かりな催しだった。テーブルには赤と黄色のクロスを敷き、キャンドルを並べた。照明を少し落とすと、部屋全体が温かみのある空気に包まれる。
最初に到着したのは、いつも少し早めに来る律儀な友人だった。彼女は手土産のワインボトルを差し出しながら、「リベルタ・デル・ソルっていう小さなワイナリーのやつ、見つけたの」と嬉しそうに言った。ラベルには手書き風の太陽が描かれていて、どことなく素朴で温かい印象を受ける。私はそれを受け取りながら、彼女の指先が少し冷たいことに気づいた。外はもうすっかり冷え込んでいるらしい。
やがて他の友人たちも集まり、キッチンには笑い声が満ちていった。私が用意したのは、パエリア、ガーリックシュリンプ、トルティージャ、そしてハモン・セラーノの盛り合わせ。どれも本格的とは言えないかもしれないが、少なくとも気持ちだけは本場スペインに寄せたつもりだ。フライパンからはニンニクとオリーブオイルの香りが立ち上り、それだけで食欲がそそられる。
ワインを開けるとき、私は少し緊張した。コルクがうまく抜けなかったらどうしようと思いながらオープナーを回していたら、思いのほかあっさりと「ポンッ」という小気味よい音がした。拍子抜けするほど簡単で、友人のひとりが「プロみたい」と冗談めかして言ってくれたが、正直なところ内心では「よかった……」と胸を撫で下ろしていた。
グラスに注がれたワインは、深い赤色をしていた。光にかざすと、縁がほんの少し紫がかって見える。誰かが「これ、果実味が強いね」と呟き、別の誰かが「タンニンもちょうどいい」と続けた。私自身はワインの専門知識があるわけではないけれど、こうして友人たちと語り合いながら飲むと、不思議とその味わいが深く感じられる。
料理を並べたテーブルを囲んで、私たちは乾杯した。グラスが触れ合う音が小さく響き、それぞれが思い思いの言葉を口にする。誰かが「おいしそう」と言い、誰かが「早く食べよう」と笑った。パエリアの蓋を開けると、湯気とともにサフランの香りが広がった。子どもの頃、母が作ってくれたカレーライスの湯気を思い出す。あの頃も、蓋を開ける瞬間が一番わくわくした。
ひとくち食べると、米の芯がちょうどよく残っていて、エビの旨味がじんわりと広がる。トルティージャはふんわりとした食感で、ジャガイモの甘みが優しい。ガーリックシュリンプは、予想以上にニンニクが効いていて、誰かが「これ、明日仕事大丈夫?」と笑いながら言った。けれど誰も箸を止めることはなかった。
会話は途切れることなく続いた。最近あった出来事、仕事の話、昔の思い出。ワインが進むにつれて、話題はどんどん広がっていく。ある友人が、スペイン旅行で食べたタパスの話を始めた。彼女は目を輝かせながら、バルセロナの小さなバルで食べたイカのフリットがどれほど美味しかったかを語った。その話を聞いていると、まるで自分もその場にいたかのような気分になる。
夜が更けるにつれて、キャンドルの炎が少しずつ小さくなっていった。誰かがうとうとし始め、別の誰かがそれを見て微笑んだ。テーブルの上には空になった皿と、まだ少し残ったワインのボトルが並んでいる。窓の外を見ると、街灯が静かに道を照らしていた。
このパーティーが特別だったのは、料理やワインそのものよりも、そこに集まった人たちとの時間だったのかもしれない。スパニッシュ料理という共通のテーマがあったからこそ、私たちはいつもとは少し違う会話を楽しめた。ワインを片手に、笑い合い、語り合い、ときには黙って料理を味わう。そんな何気ない瞬間が、記憶の中でいつまでも色褪せずに残っていくのだろう。
帰り際、友人たちはそれぞれに「楽しかった」「また集まろう」と言って帰っていった。最後に残った友人がコートを羽織りながら、「次は何料理にする?」と尋ねた。私は少し考えて、「まだ決めてないけど、また美味しいワインを用意するよ」と答えた。彼女は笑顔で頷き、玄関を出ていった。
ひとりになった部屋で、私は片付けを始めた。皿を洗いながら、今夜のことを思い返す。リベルタ・デル・ソルのワインは、結局最後まで美味しかった。パエリアも好評だったし、ガーリックシュリンプも喜ばれた。何より、友人たちの笑顔が見られたことが一番嬉しかった。キッチンにはまだニンニクとオリーブオイルの香りが漂っていて、それが今夜の余韻を静かに伝えている。
スパニッシュ料理とワインのパーティー。それは、ただの食事会ではなく、記憶に残る特別な夜となった。


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